- 著者
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木村 祐哉
- 巻号頁・発行日
- 2010-03-07
日本でペットロスという言葉が知られるようになり、10余年が経過した。現在では関連した書籍が何冊も出版され、ウェブ上にも多くの体験談をみつけることが可能となり、時にはメディアを通じて紹介されることもある。2008年11月の元厚生省事務次官襲撃事件で犯人が凶行に及んだ動機のひとつとして、ペットロスが注目されたのも記憶に新しい。このようにペットロスについて耳にする機会が増えてきたが、しかしその一方で、その間に満足いくだけの学術的知見が得られてきたかというと疑問が残る。日本よりも早くから注目されるようになった欧米と比較すると、やはり日本ではペットロスに関する有意義な調査研究が少ないと言わざるを得ない。ペットロスの調査というとまず、実際にペットを亡くした方に対してアンケートを行い、深く悲しんでいた方が何人――といった形式のものが思い浮かぶのではないだろうか。より上等なものであれば、その対象人数が多く、統計学的解析が加えられることにもなるだろう。このように数値を用いて事象の説明を試みるものを「量的研究(定量的研究)」というのに対し、調べようとしている事象の性質を詳細に記述することを目的としたものを「質的研究(定性的研究)」という。学術的知見を正しく評価し、自ら調査を実施するためには、これら両研究手法について把握しておく必要がある。量的にものごとを扱うには、何らかの手段によってそれを数値化する過程を経なければならない。ペット喪失者の心理を扱う場合も例外ではなく、リッカート尺度やVisual Analog Scale (VAS) のような、客観的採点を可能とする評価尺度を用いることになる。いずれの方法を採用するにしろ、それは十分な妥当性 (validity) と信頼性 (reliability) を有するものでなければならない。また、そこで得られた結果を他の集団にも当てはめられることを保証するためには、サンプリングの偏り (bias) をなくす工夫をするか、統計学的な調整 (adjustment) をかけ、評価項目に影響を与えている影の要因 (confounding factor) を可能な限り排除することが不可欠である。一方、質的研究では、代表的意見を求めることではなく、想定される事象をより幅広く拾い上げることが目的となるため、むしろ多様な対象を求めて作為的にサンプリングを繰り返し、何度繰り返しても新しい理論が登場しなくなる (theoretical saturation) までそれを続ける。方法としてはアンケートやインタビュー、観察法が主となるが、複数の評価方法や立場の異なる数人の評価者による解釈を加えることで、より豊富な情報を得ることが可能となる。愛するペットを失った家族を対象とする繊細な問題であることから、その調査には慎重を期す必要があるというのも事実ではあるが、手をこまねいていては事態の改善は期待できない。本講演では、本邦におけるペットロス研究に弾みをつけるべく、質的研究と量的研究というふたつの研究手法について、事例をまじえて紹介する。