出版者
京都
雑誌
同志社女子大学大学院文学研究科紀要 = Papers in Language, Literature, and Culture : Graduate School of Literary Studies, Doshisha Women's College of Liberal Arts (ISSN:18849296)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.15-39, 2015-03-31

西洋鉱物学の移入によって始まった我が国の鉱物学において、最初の困難な課題の一つは和語、漢語、外来語、およびこれらの混種語が存在した鉱物名を一つに定めることであった。その最初の試みは小藤文次郎他編『鉱物字彙』(明治二十三年〔1890〕刊)である。その書で選定された鉱物名を語種によって分類すると、漢語がその七割程を占める状態であったが、それから八十五年後の森本信男他編『鉱物学』(昭和五十年〔1975〕刊)では外来語が逆転して半数以上を占め、編著者は将来は外来語名を使うことが望ましいと述べている。しかし、その書に用いられている漢語名の多くは現在もなお用いられている。これは効果的に用いられている漢語語基の働きによるものであり、将来も漢語名は用いられるものと推測される。

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漢語名は浪漫だと思ふ

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漢語名は浪漫だと思ふ / “明治以降の鉱石名について” https://t.co/44bIx3C4Ld
明治以降に西洋鉱物学が日本に入ってきた後に、日本での鉱物の呼び名がどう変わっていったかを調べた興味深い論考です。以下リンクからDL可。│ 吉野政治(2015)「明治以降の鉱石名について」『同志社女子大学大学院文学研究科紀要』15巻。 https://t.co/1RFhZRmwUK

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