著者
早川 健太郎
巻号頁・発行日
pp.1-110, 2015-03-25 (Released:2016-08-03)

近年、RNAはDNAに刻まれた遺伝情報をタンパク質に翻訳するための中間体としてだけでなく、転写や翻訳、物質輸送など様々な細胞機能の調節に重要な役割を果たしていることが明らかになってきた。一方、従来のRNA研究は主としてRNAをcDNAへと逆転写し、PCR法で増幅して塩基配列分析装置やDNAマイクロアレイ法で分析する間接的な方法を基礎にしているため、本来RNAの機能調節に重要な転写後修飾の解析ができないという問題点があった。生物化学研究室で進められているRNAのLC-MS法では、RNAを直接分析することができるため、RNAタンパク質複合体などを構成するRNA成分を同定すると同時に、転写後修飾を含めた詳細な化学構造を解析できる利点がある。この方法を利用して機能性RNAの代表ともいえるtransferRNA (tRNA)の修飾について研究を始めることとした。まずtRNAとはタンパク質を合成する際にコドンに対応するアミノ酸を運搬する分子である。対応するコドンに応じて、一種類の生物に重複した数百種類の遺伝子にコードされた数十種類のtRNAが存在し、例えば出芽酵母にはゲノム上にコードされている細胞質tRNA遺伝子が275種類知られている。tRNAの塩基配列は近年のゲノム研究によって明らかになったが、それぞれの遺伝子には発現しない偽遺伝子があったり、転写後に多様な修飾反応を受けたりするため、細胞内に実在するtRNA分子の塩基修飾の全貌は明らかにされていない。実際に酵母やマウスといったモデル生物であっても塩基修飾が解明されていないtRNA分子が多数存在し、全てのtRNAの塩基修飾が解明されている生物種は未だ存在しない。しかし既に機能がわかっているものだけでも修飾塩基はコドン-アンチコドン対合やフレームシフト、ARS(aminoacyl tRNA synthetase)の正確な認識など、生体内において重要な役割を果たしているものが多くみられる。本研究ではこのように重要だと分かっているが未だに解明されていないtRNA塩基修飾の全貌を明らかにするため、出芽全酵母tRNAの修飾塩基を解明することを最終目的と考え、まず全てのコドンに対応できるtRNAの最少単位をtRNAミニマムセットとしてその全修飾塩基解析に着手した。ミニマムセットで修飾塩基の解析がされていない13種類のtRNAを候補として以下の実験を行った。本研究ではまず東京大学の鈴木らのRNA-DNA聞の水素結合による塩基対形成能を利用したtRNAの分離方法を利用して粗精製tRNAを精製した。この粗精製tRNAを高速液体クロマトグラフィー(HPLC)でさらに純度の高い単一のtRNAにまで分離することでtRNAの修飾塩基解析の試料とした。この際tT(UGU), tT(CGU), tR(CCG), tR(CCU)の4種類については修飾塩基の違いによるピークの分離が起こることが解析を進めた結果わかった。しかし、この4種類についてはピークの分離が不十分なため修飾塩基の異なるピークを同ーのものとして分取し、分析時にその割合を求めることで、修飾塩基の解析を行った。実験としてはRNaseTl, RNaseAによるtRNAの断片化後LCMS分析を行い、同定した断片をそれぞれのtRNAのゲノム配列にマッピングすることで、修飾の解析を行った。その後、決定した修飾が正しいものかを判断するためにtRNA分子をそのままLCMSで分析し、決定した修飾を含むtRNAの理論値と測定値が一致することを確認した。しかしRNaseTl, RNaseAによるtRNAの断片化だけでは配列をマッピングした際に解析が行えない箇所が生じることがあった。そこで以下に示す別の断片化法(部分消化法)を開発した。部分消化法とは酵素の性質を利用して中間体や未切断箇所を意図的に作ることで断片化の配列を長くする方法である。本来RNaseTlはG塩基の3'側のリン酸時エステル結合を加水分解する酵素だが、反応時の酵素量を減らすことでG塩基の切断をランダムに未切断にすることができる。これにより2, 3塩基だったものをさらに長い配列にすることで解析の行えなかった箇所をカバーすることが可能となった。また質量値の変化しない擬ウリジンについては上記の方法では解析ができないため、擬ウリジン特異的に反応するシアノエチル化反応を行って質量値を変化させることでこの修飾の解析を行った。しかし、この方法ではGUGという塩基配列がいくつか存在するtRNAではどのUGに擬ウリジンが存在しているのかを解析することができなかった。これについては前処理をRNaseTlではなくRNaseAを使うといったことで解決できると考えられる。これについては条件の検討をしていく必要がある。上記の方法で13種類のtRNAについて修飾塩基の解析を行った結果、tA(UGC)は全76塩基のうち9塩基がメチル化やジヒドロウリジンなどの修飾塩基であり、アンチコドンのwobble nucleotideはncm5Uと決定することができた。他のtRNAも同様にして、tG(CCC)は全75塩基中9塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCであった。tM(CAU)は全76塩基中9塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCで、あった。tS(GCU)は全85塩基中13塩基が修飾されており,wobble nucleotideはGであった。tE(CUC)は全75塩基中4塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCであった。tQ(UUG)は全75塩基中8塩基が修飾されており,wobble nucleotideはmcm5s2Uであった。tQ(CUG)は全75塩基中6塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCであった。tT(UGU)は全75塩基中13塩基が修飾されており,wobble nucleotideはncm5Uであった。tT(CGU)は全75塩基中12塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCであった。tR(CCG)は全75塩基中8塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCであった。tR(CCU)は全75塩基中9塩基が修飾されており,wobble nucleotideはCであった。tl(UAU)は全76塩基中11塩基が修飾されており,wobble nucleotideはUであった。本研究ではミニマムセットの全修飾塩基の解析を行い、修飾部位や修飾の起こっている割合を明らかにした。これは、網羅的に修飾塩基の解析を行ったことで、新たに得られた知見であるといえる。LC-MS分析という高感度の分析技術を用いることでこの修飾の割合を明らかにすることが可能となった。今後、この解析結果によって新たなtRNA修飾酵素の発見やARSのtRNA認識に関する探究が深められることが期待される。

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