著者
三澤 知央
出版者
北海道立総合研究機構中央農業試験場
雑誌
北海道立総合研究機構農業試験場報告 = Report of Hokkaido Research Organization Agricultural Experiment Station (ISSN:21861064)
巻号頁・発行日
no.132, pp.1-90, 2012-10

ネギの出荷部位である中心葉に発生する黄色斑紋症状は,外観品質を著しく低下させるため,ネギ栽培上の重要な問題となっている。本症状はネギ葉枯病との関係が指摘されているものの,発生原因は未解明である。また,ネギ葉枯病に関する研究知見はこれまでほとんどない。そこで本研究では,黄色斑紋症状の発生原因の解明ならびに同症状およびネギ葉枯病の発生実態,発生生態および防除に関する研究を行なった。1. 発生実態と被害 2007年に全道のネギ主産地32圃場において葉枯病(従来から発生が知られている褐色楕円形病斑)および黄色斑紋症状の発生実態を調査した結果,いずれの圃場でも褐色楕円形病斑および黄色斑紋症状の発生が確認された。また,両病斑は明確に区分でき,両者の中間的な病徴を示す病斑は認めらなかった。黄色斑紋症状の発病度は3.1~61.3であり,本症状による被害が全道的に発生している実態が明らかとなった。また,褐色楕円形病斑は,葉身先端部に発生する先枯れ病斑と葉身中央部に発生する斑点病斑の2種類に類別されることおよび同病斑と黒斑病は病徴が酷似し,病徴観察では識別できないことが明らかとなった。両病害を病斑上に形成した分生子の顕微鏡観察により識別した結果,先枯れ病斑では100%,斑点病斑では98.3%の病斑で葉枯病菌が確認され,道内のネギに発生している褐色で楕円形の病斑のほぼすべてが葉枯病であることが明らかとなった。2005~2007年に実施した発生推移調査の結果,先枯れ病斑は収穫期までに大半の圃場で発病株率70%以上に達した。斑点病斑は,べと病,さび病,黒斑病が発生したあとに二次的に葉枯病菌が感染して発生し,なかでもべと病発生の影響が大きかった。黄色斑紋症状は平均気温15~20℃で曇雨天時に発生が増加し,9月どり作型において9月中旬~10月上旬にもっとも発生が多くなった。また,収穫時期が遅れるほど発生が増加した。黄色斑紋症状が褐色楕円形病斑に変化することはなかった。斑点病斑は主に外葉に発生するため出荷葉にまで発生することは稀であった。また,葉枯病菌の単独感染による同病斑の発生により収量が減少することはなかった。黄色斑紋症状は,第1~3葉に発生するため,発病の大半が出荷部位であり,発生が即被害につながった。同症状が出荷前後の保存中に増加することはなかった。2. 病原菌の同定と病原性 分離菌の完全世代は,黒色・球形でくちばしを有する偽子のう殻,無色・棍棒状・二重壁の子のう,その内部に長楕円形~スリッパ形・黄褐色で縦横に隔壁を有する子のう胞子を8個形成した。これらの形態的特徴より分離菌をPleospora sp. と同定した。不完全世代は,分生子柄および分生子を形成した。分生子柄は先端が膨潤し,貫生により再伸長し,その先端には分生子を単生した。分生子は縦横に石垣状に隔壁を有した。分生子が長方形~長楕円形,縦横比が1.8~1,9,1~3個の横隔壁でくびれた菌株をStemphylium vesicarium (Wallroth) Simmons,分生子が俵形,縦横比が1.4,中央の横隔壁でくびれた菌株をS. botryosum Wallrothと同定した。黄色斑紋症状および褐色楕円形病斑よりそれぞれ分離したS. vesicariumをネギ葉に接種したところ,いずれの菌株も中心葉には黄色斑紋症状,外葉には褐色楕円形病斑を形成し,接種菌が再分離され,黄色斑紋症状がネギ葉枯病の一病徴であることが明らかとなった。そのため,本症状を黄色斑紋病斑と呼称することを提案した。北海道内のネギ主要産地の23圃場から採取した罹病葉より褐色楕円形病斑由来21菌株,黄色斑紋病斑由来23菌株の合計44菌株を得,同定した結果,41菌株がS. vesicarium,3菌株がS. botryosumであり,前者が優占種であった。3. 葉枯病菌の諸性質 ネギ,ニラ,アスパラガスから分離したS. botryosumおよびネギから分離したS. vesicariumは,いずれもネギ,タマネギ,アスパラガスに病原性を示し,寄生性の分化は認められなかった。ネギ葉枯病菌S. vesicariumおよびS. botryosum の培地上における生育適温は25℃であった。分生子の形成適温はS. vesicariumが15℃,S. botryosumが20℃であった。子のう胞子の形成適温は,両種とも10℃であった。4. 葉枯病菌の感染・発病好適条件と伝染環 褐色楕円形病斑の発生好適温度は10~15℃で生育ステージと発生程度の間に明瞭な関係は認められなかった。一方,黄色斑紋病斑の発生好適温度は15~20℃で生育が進んだ株ほど発病が多くなる傾向があった。褐色楕円形病斑の形成には6時間以上の葉の濡れ時間が必要であり,6~48時間の間では濡れ時間の増加にともなって発病程度も増加した。ネギ葉枯病菌をポット栽培ネギの全葉に接種したところ,第1~4葉に黄色斑紋病斑,第4~7葉に褐色楕円形病斑を形成した。ネギ葉枯病菌は噴霧接種法では発病が認められず,病原性は極めて弱かった。圃場観察,胞子トラップ,病原菌の分離等の手法により,ネギ葉枯病菌S. vesicariumの伝染環を調査した結果,ネギの生育期間中である7月~10月中旬は褐色楕円形病斑上に多量の分生子を形成し,二次伝染を繰り返した。これが中心葉に感染すると黄色斑紋病斑を形成した。偽子のう殻の形成は生育期間の終盤あるいは収穫終了直後にあたる10月下旬に始まった。葉枯病菌は,罹病葉上のみならず外観健全葉上にも偽子のう殻を形成し,土壌表面および土壌中で越冬した。偽子のう殻からは翌春の3月中旬~6月上旬に子のう胞子が飛散し,これが本病の一次伝染源になっていると考えられた。本病の伝染環はネギ圃場内だけで完結していると推察された。5. 防除対策 10薬剤の葉枯病,べと病およびさび病に対する防除効果を明らかにした。シメコナゾール・マンゼブ水和剤(×600)は,斑点病斑および黄色斑紋病斑に対して防除価87以上の高い防除効果を示した。同剤は,べと病およびさび病に対しても92~100の高い防除価を示した。TPNフロアブル(×1000)は,斑点病斑に対して48~62,黄色斑紋病斑に対して63~79の防除価を示したが,べと病およびさび病に対する防除効果は低かった。アゾキシストロビンフロアブル(×2000)は,斑点病斑に対して78~85,黄色斑紋病斑に対して37~62の防除価を示した。また,同剤はべと病に対して75~82,さび病に対して99~100の防除価を示した。いずれの薬剤も先枯れ病斑に対する防除効果は認められなかった。その他の7薬剤も斑点病斑および黄色斑紋病斑に対して防除効果を示した。シメコナゾール・マンゼブ水和剤,TPNフロアブル,アゾキシストロビンフロアブルを用いて葉枯病,べと病およびさび病の発生を抑制できる薬剤散布体系を確立した。すなわち,8月どり作型では6月中旬,9月どり作型では7月上旬,10月どり作型では8月中旬からシメコナゾール・マンゼブ水和剤を2週間間隔で3回散布したのち,9月どり作型では収穫3~2週間前にTPNフロアブルを2回,収穫1週間前にアゾキシストロビンフロアブルを1回,10月どり作型では収穫3~2週間前にアゾキシストロビンフロアブルを2回散布する薬剤散布体系を構築した。ネギ品種間の黄色斑紋病斑の発病差異を検討し,「北の匠」および「元蔵」では発生が多く,「白羽一本太」では中程度であり,「秀雅」で発生が少ないことを明らかにした。また,窒素の過剰施用および土壌pHの低下が,黄色斑紋病斑の発生を助長することを明らかにした。以上のように,本研究ではネギの中心葉に発生する黄色斑紋症状の発生原因,病原菌の諸性質,発病好適条件,病原菌の伝染環を解明するとともに,薬剤散布および耕種的防除対策を確立した。
著者
三澤 知央
出版者
北海道立総合研究機構中央農業試験場
巻号頁・発行日
no.132, pp.1-90, 2012 (Released:2013-10-08)

ネギの出荷部位である中心葉に発生する黄色斑紋症状は,外観品質を著しく低下させるため,ネギ栽培上の重要な問題となっている。本症状はネギ葉枯病との関係が指摘されているものの,発生原因は未解明である。また,ネギ葉枯病に関する研究知見はこれまでほとんどない。そこで本研究では,黄色斑紋症状の発生原因の解明ならびに同症状およびネギ葉枯病の発生実態,発生生態および防除に関する研究を行なった。1. 発生実態と被害 2007年に全道のネギ主産地32圃場において葉枯病(従来から発生が知られている褐色楕円形病斑)および黄色斑紋症状の発生実態を調査した結果,いずれの圃場でも褐色楕円形病斑および黄色斑紋症状の発生が確認された。また,両病斑は明確に区分でき,両者の中間的な病徴を示す病斑は認めらなかった。黄色斑紋症状の発病度は3.1~61.3であり,本症状による被害が全道的に発生している実態が明らかとなった。また,褐色楕円形病斑は,葉身先端部に発生する先枯れ病斑と葉身中央部に発生する斑点病斑の2種類に類別されることおよび同病斑と黒斑病は病徴が酷似し,病徴観察では識別できないことが明らかとなった。両病害を病斑上に形成した分生子の顕微鏡観察により識別した結果,先枯れ病斑では100%,斑点病斑では98.3%の病斑で葉枯病菌が確認され,道内のネギに発生している褐色で楕円形の病斑のほぼすべてが葉枯病であることが明らかとなった。2005~2007年に実施した発生推移調査の結果,先枯れ病斑は収穫期までに大半の圃場で発病株率70%以上に達した。斑点病斑は,べと病,さび病,黒斑病が発生したあとに二次的に葉枯病菌が感染して発生し,なかでもべと病発生の影響が大きかった。黄色斑紋症状は平均気温15~20℃で曇雨天時に発生が増加し,9月どり作型において9月中旬~10月上旬にもっとも発生が多くなった。また,収穫時期が遅れるほど発生が増加した。黄色斑紋症状が褐色楕円形病斑に変化することはなかった。斑点病斑は主に外葉に発生するため出荷葉にまで発生することは稀であった。また,葉枯病菌の単独感染による同病斑の発生により収量が減少することはなかった。黄色斑紋症状は,第1~3葉に発生するため,発病の大半が出荷部位であり,発生が即被害につながった。同症状が出荷前後の保存中に増加することはなかった。2. 病原菌の同定と病原性 分離菌の完全世代は,黒色・球形でくちばしを有する偽子のう殻,無色・棍棒状・二重壁の子のう,その内部に長楕円形~スリッパ形・黄褐色で縦横に隔壁を有する子のう胞子を8個形成した。これらの形態的特徴より分離菌をPleospora sp. と同定した。不完全世代は,分生子柄および分生子を形成した。分生子柄は先端が膨潤し,貫生により再伸長し,その先端には分生子を単生した。分生子は縦横に石垣状に隔壁を有した。分生子が長方形~長楕円形,縦横比が1.8~1,9,1~3個の横隔壁でくびれた菌株をStemphylium vesicarium (Wallroth) Simmons,分生子が俵形,縦横比が1.4,中央の横隔壁でくびれた菌株をS. botryosum Wallrothと同定した。黄色斑紋症状および褐色楕円形病斑よりそれぞれ分離したS. vesicariumをネギ葉に接種したところ,いずれの菌株も中心葉には黄色斑紋症状,外葉には褐色楕円形病斑を形成し,接種菌が再分離され,黄色斑紋症状がネギ葉枯病の一病徴であることが明らかとなった。そのため,本症状を黄色斑紋病斑と呼称することを提案した。北海道内のネギ主要産地の23圃場から採取した罹病葉より褐色楕円形病斑由来21菌株,黄色斑紋病斑由来23菌株の合計44菌株を得,同定した結果,41菌株がS. vesicarium,3菌株がS. botryosumであり,前者が優占種であった。3. 葉枯病菌の諸性質 ネギ,ニラ,アスパラガスから分離したS. botryosumおよびネギから分離したS. vesicariumは,いずれもネギ,タマネギ,アスパラガスに病原性を示し,寄生性の分化は認められなかった。ネギ葉枯病菌S. vesicariumおよびS. botryosum の培地上における生育適温は25℃であった。分生子の形成適温はS. vesicariumが15℃,S. botryosumが20℃であった。子のう胞子の形成適温は,両種とも10℃であった。4. 葉枯病菌の感染・発病好適条件と伝染環 褐色楕円形病斑の発生好適温度は10~15℃で生育ステージと発生程度の間に明瞭な関係は認められなかった。一方,黄色斑紋病斑の発生好適温度は15~20℃で生育が進んだ株ほど発病が多くなる傾向があった。褐色楕円形病斑の形成には6時間以上の葉の濡れ時間が必要であり,6~48時間の間では濡れ時間の増加にともなって発病程度も増加した。ネギ葉枯病菌をポット栽培ネギの全葉に接種したところ,第1~4葉に黄色斑紋病斑,第4~7葉に褐色楕円形病斑を形成した。ネギ葉枯病菌は噴霧接種法では発病が認められず,病原性は極めて弱かった。圃場観察,胞子トラップ,病原菌の分離等の手法により,ネギ葉枯病菌S. vesicariumの伝染環を調査した結果,ネギの生育期間中である7月~10月中旬は褐色楕円形病斑上に多量の分生子を形成し,二次伝染を繰り返した。これが中心葉に感染すると黄色斑紋病斑を形成した。偽子のう殻の形成は生育期間の終盤あるいは収穫終了直後にあたる10月下旬に始まった。葉枯病菌は,罹病葉上のみならず外観健全葉上にも偽子のう殻を形成し,土壌表面および土壌中で越冬した。偽子のう殻からは翌春の3月中旬~6月上旬に子のう胞子が飛散し,これが本病の一次伝染源になっていると考えられた。本病の伝染環はネギ圃場内だけで完結していると推察された。5. 防除対策 10薬剤の葉枯病,べと病およびさび病に対する防除効果を明らかにした。シメコナゾール・マンゼブ水和剤(×600)は,斑点病斑および黄色斑紋病斑に対して防除価87以上の高い防除効果を示した。同剤は,べと病およびさび病に対しても92~100の高い防除価を示した。TPNフロアブル(×1000)は,斑点病斑に対して48~62,黄色斑紋病斑に対して63~79の防除価を示したが,べと病およびさび病に対する防除効果は低かった。アゾキシストロビンフロアブル(×2000)は,斑点病斑に対して78~85,黄色斑紋病斑に対して37~62の防除価を示した。また,同剤はべと病に対して75~82,さび病に対して99~100の防除価を示した。いずれの薬剤も先枯れ病斑に対する防除効果は認められなかった。その他の7薬剤も斑点病斑および黄色斑紋病斑に対して防除効果を示した。シメコナゾール・マンゼブ水和剤,TPNフロアブル,アゾキシストロビンフロアブルを用いて葉枯病,べと病およびさび病の発生を抑制できる薬剤散布体系を確立した。すなわち,8月どり作型では6月中旬,9月どり作型では7月上旬,10月どり作型では8月中旬からシメコナゾール・マンゼブ水和剤を2週間間隔で3回散布したのち,9月どり作型では収穫3~2週間前にTPNフロアブルを2回,収穫1週間前にアゾキシストロビンフロアブルを1回,10月どり作型では収穫3~2週間前にアゾキシストロビンフロアブルを2回散布する薬剤散布体系を構築した。ネギ品種間の黄色斑紋病斑の発病差異を検討し,「北の匠」および「元蔵」では発生が多く,「白羽一本太」では中程度であり,「秀雅」で発生が少ないことを明らかにした。また,窒素の過剰施用および土壌pHの低下が,黄色斑紋病斑の発生を助長することを明らかにした。以上のように,本研究ではネギの中心葉に発生する黄色斑紋症状の発生原因,病原菌の諸性質,発病好適条件,病原菌の伝染環を解明するとともに,薬剤散布および耕種的防除対策を確立した。