著者
西村 康
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.1261-1269, 1976-12-15

I.はじめに 青森県,秋田県および岩手県の北部には,盲女が修業を積んで職業巫イタコとなり,神憑りによって人格変換を来し,死者の口寄せ(霊媒),加持祈祷を行なうことが,今日もなお広くみられる。このうち青森県の八戸市を中心にした南部地方のイタコについての民俗学的研究では,桜井がイタコの人生史,修業過程,職能,組合組織についての詳細な報告をしており,とりわけ神憑りを可能にするために施行する補助的手段としての側面を持つオシラアソバセやオシラ祭文に注目している6)。しかし桜井によれば,口寄せ,祈祷,まじないなどの巫業内容や人生史,修業については他地区のイタコと同じであるという。すなわち南部地区の巫覡7)たちもまじないとして,いわゆる加持祈祷を行ない,病気・禍厄などの原因を神にうかがい,それを除去するための祈祷を行ない,また失踪者や行方不明者,遠出の家族の消息,失せ物の所在などをあて,結婚や建築普譜に関する日取りの吉凶を占い,さらに病気に関しては治療の方法,受診すべき医師の方角を占い,こうして地域住民の生活の主要な出来事に関与している。ところが南部地方においては,津軽のゴミソ6,8),下北地方のカミサマ6),陸前地方のミゴサン9)に相当する巫覡の存在の報告は極めて乏しく,わずかに直江が高山稲荷神社で大正4年からゴミソに神習教の教導職免許状の斡旋をした地域分布が八戸・三戸・九戸の南部地方にも及んでいることを報告し8),ゴミソが南部地方にも存在する可能性を示しているにすぎない。また精神医学的な報告を概観すると,懸田ら2)および中村3)は,青森県におけるシャーマニズムの社会精神医学的研究を行ない,昭和32年から35年にかけての調査の中で,南部地方のイタコおよびカミサマを扱っている。そしてここでも,イタコ以外のカミサマが南部地方ではとくに,イタコの数に対して非常に少ない(八戸市ではイタコ23人に対してカミサマ1〜2人)と報告している。 では八戸市を中心にした南部地方にはイタコ以外の巫覡の分布はそれほどまでに少なく,地域住民生活に及ぼす影響力は無視できるかというと,われわれが次節で述べるように,じつは南部地方の巫覡は意外にも多数存在しており,彼らの地域住民生活への関与度も高く,また名称としてはカミサマ,カミサン,別当サマ,別当サンと呼ばれ,津軽のゴミソ,下北のカミサマ,その他の地方で呼ぶ行者,拝み屋,祈祷師などに一致するもののようである6)。さてこれらのイタコ以外の民間宗教者は,羽黒教,扶桑教などの教派神道の教師も含めて,カミサマあるいは別当サンと呼ばれ,祈祷・祓・卜占などを主に行なうが,口寄せはしない。また男女を問わず,イタコとちがってすべて目明きであり,入巫過程は修業を必要とせず,巫具もイタコのもつオダイジ(オンダイズ)やイラタカの数珠などの特定のものはなく,太鼓や幣束を使うものが多い。そして教団組織との関係を持ち,信仰の対象となる祭神名・仏菩薩名がカミサマ・別当サン自身に付けられて,稲荷様,山の神様,竜神様などと呼ばれることも多い。なお新興宗教の布教師の場合は,一部カミサマと呼ばれるものはあるが,別当サンとは呼ばれないようである。また,これらのカミサマ・別当サンはイタコ同様,住んでいる地名を冠せて,○○の別当サンと呼ばれることもある。しかしイタコも含めて,現在の南部地方のこれらの巫覡の間には縄張りはみられず,信者は何人ものイタコやカミサンをたずね歩いている。この点について,桜井は津軽イタコに縄張りがあることを報告している6,8)が,南部イタコの縄張りの有無については一切ふれていない。しかし南部地方の現状についていうと,信仰者が何人もの巫覡をたずね歩く点について,民間では「10人のカミサマにきいて,7人以上のカミサマの言ったことを守ればよい」ということになっているらしい。なおイタコとカミサマに対する一般の信用度については,イタコのほうが当たるという人が多いが,じつはイタコは,医療の進歩に従って盲人が少なくなってきたこと,盲人の職業としてアンマ・マッサージ師の道がひらけてきたこと,イタコの修業が非常につらいことなどから,イタコの後継者が少なくなり,その数全体が減少してきているのである。またカミサマ・別当サンの中で「当たる,当たらない」の評価の差が出てくる傾向がみられ,いわゆる流行神的な巫覡も出現してきている。さきに述べたように,南部地方におけるイタコ以外の巫覡の存在については報告が乏しいのであるが,われわれが知り得た限りでは,この地方の大部分のカミサマ・別当サンは,昭和30年代以前から巫業を営んでいるのである。

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