著者
三井 純 石浦 浩之 辻 省次
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.247-255, 2013-03-01

はじめに 次世代シーケンサーと総称される大規模並列DNAシーケンシング技術は,最近数年の間に加速的に進化しており,処理速度の向上,コストの低下が進んでいる。次世代シーケンサーが臨床遺伝学にもたらすインパクトとして以下の3つの事柄が挙げられる。 第1は,メンデル遺伝性疾患の原因遺伝子解明が進むことである。連鎖解析による絞り込みを十分に行うことが難しい小さな家系サイズの遺伝性疾患,de novo変異などで生じる重篤で生殖適応度が低い遺伝性疾患など,従来の技術ではアプローチが困難だった遺伝性疾患の解明が期待される。実際,このようなメンデル遺伝性疾患の原因遺伝子の報告がここ数年で急速に増加している。問題点としては,現在普及している次世代シーケンサーでは,ひとつながりで配列決定できる塩基長(リード長)が高々100塩基程度であり,トリプレットリピート病などに代表される繰り返し配列の延長や挿入変異の検出がしばしば困難なことである。特に遺伝性神経変性疾患ではこの種類の変異が多く知られており,現在の次世代シーケンサーの技術的課題の1つである。 第2は,孤発性疾患の遺伝因子の解明が期待されることである。従来は一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)をマイクロアレイ上で大規模にタイピングする技術を利用して,患者群と対照群で多型の頻度を比較することで疾患と関連する感受性遺伝子探索が行われてきた。候補となる遺伝子・領域だけではなく,全ゲノム上の多型を広範囲に探索できることから,このアプローチは全ゲノム関連解析(genome-wide association study:GWAS)と呼ばれ,多くの疾患で検討が行われた。新たな発見も多かったが,孤発性疾患の遺伝因子の大部分が解明できるのではないかという期待には届かず,まだ解明されていない遺伝因子(missing heritability)が残されている1)。 多型マーカーと連鎖不平衡にある疾患感受性アレルを関連解析で検出する手法は,比較的少数の創始者に由来する疾患感受性アレルが,患者群に広く分布するという構造を持つ集団(common disease-common variants仮説)に対しては強い検出力を示すが,多数の独立した疾患感受性アレルが個々には稀に患者群に分布するという集団の遺伝的構造(common disease-multiple rare variants仮説)に対しては検出が困難になる。また,多型タイピングでは検出できないコピー数変異などの構造変異が寄与している可能性もある。今後,孤発性疾患における遺伝因子の解明を進めていくためには,パーソナルゲノム解析に基づく網羅的な変異の同定が大きな手掛かりになるであろう。 第3に,臨床における遺伝子診断の汎用化が挙げられる。神経内科領域の臨床では遺伝性疾患の占める割合が相対的に高く,需要も高いことから普及が期待される。特に原因遺伝子が多様な表現型・疾患群の遺伝子診断において高い効果を発揮するであろう。問題点としては,上述のように遺伝性神経筋疾患にみられる繰り返し配列の延長(優性遺伝性脊髄小脳変性症の多く,歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症,ハンチントン病,球脊髄性筋萎縮症,筋強直性ジストロフィー,フリードライヒ運動失調症,9p21に連鎖する筋萎縮性側索硬化症・前頭側頭型認知症,眼咽頭筋ジストロフィーなど)の検出は短いリード長では困難であり,フラグメント解析やサザン・ブロッティング解析を併用する必要がある。また,現状ではコスト・パフォーマンスの点からエクソーム解析が選択されることが多いと考えられるが,コピー数変異(遺伝性神経疾患ではAPP,SNCA,PMP22,MPZなどのコピー数変異による遺伝性疾患が報告されている)や大きな欠失・重複変異(デュシェンヌ・ベッカー型筋ジストロフィーにおけるDMDや常染色体劣性遺伝若年性パーキンソニズムにおけるPARK2の欠失・重複変異など)において,エクソーム解析では検出力が十分でない可能性があり適応に注意が必要である。 本稿では,以上3点について概説し,いくつかの具体例を挙げる。最後に2011年度に東京大学医学部附属病院の新たな組織として発足したゲノム医学センターの紹介と今後の展望を述べる。

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