著者
市岡 孝朗
出版者
日本生態学会暫定事務局
巻号頁・発行日
vol.66, no.2, pp.429-438, 2016 (Released:2017-01-27)

熱帯雨林は生物多様性の宝庫として数多くの研究者を魅了してきた。その多様性の根幹をなすのは、昆虫類を中心とする節足動物である。なぜ、熱帯雨林では節足動物の種類が極度に多いのか。多様な節足動物の進化を促し、共存を許容する要因の一つとして、熱帯雨林の「大きな」林冠の存在に関心が払われてきた。熱帯雨林の樹木の生産・成長・繁殖活動の中心である林冠には、多様な樹種の梢・葉・花・果実が豊富に産み出されるほか、様々な着生植物、つる植物、絞め殺し植物が繁茂して、微気象的な環境要因が異なる多様な微小空間が集まってできあがった複雑な立体構造が形成されている。こうした林冠の特性が、熱帯雨林における節足動物の高い多様性の創出・維持に大きく貢献しているのではないかと考えられてきた。本論文では、この仮説を実証的に検証することをめざした、今日に至る一連の研究を整理して、今後の研究の展望を示すことを目的とした。仮説を検証する第一歩として、熱帯雨林の林冠には、同地の林床や他のタイプの森林の林冠と比べて、いかに多くの節足動物が生息しているかを示そうとした研究がなされてきた。これらの研究結果から、熱帯雨林ではほとんどの分類群で林冠と林床の両方に共通する種の数はかなり少ないこと、熱帯から温帯に向かって林冠の大きさ・複雑さが減少すると林冠の節足動物種数が減少することなどが示された。仮説のさらなる検証には、林冠のどの部分にどのような節足動物が生息しているのか、林冠のなかにみられる環境勾配に対して種構成がどのように変化するのか、節足動物が関与する生物間相互作用が林冠内の空間異質性に対してどのように反応しているのか、などといったことを具に明らかにする必要が有る。しかし、熱帯雨林の林冠は、あまりに背が高いために研究活動が容易には進展せず、それらの問題を解決するための野外調査が進んで来なかった。高い林冠という障壁を克服するため、近年、林冠観測システムが世界中の熱帯のいくつかの地点に設置され、林冠の節足動物群集についての研究が急速に進展した。筆者らによる林冠のアリ類群集の資源利用様式に関する一連の研究成果を含む、林冠観測システムを用いた研究結果から、熱帯雨林の林冠には多様な微小環境が混在しており、その空間異質性に対応する形で、これまで予想されていた以上に多様で量も豊富な節足動物群集が存在していることが明らかになってきた。

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@warabimochi_ic ググってみると; https://t.co/psDPgQjKMA >Stork (1987)は、ボルネオの熱帯雨林において噴霧法 (fogging)を用いることにより、林冠に生息するすべての 節足動物を対象とした採集を行い、同様の方法で得られ た温帯林の林冠に生息する節足動物のデータ(Moranand Southwood 1982)を合わせて、…

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