- 著者
-
藤井 正美
- 出版者
- 宇宙航空研究開発機構
- 雑誌
- 宇宙科学研究所報告 (ISSN:02852853)
- 巻号頁・発行日
- vol.22, pp.1-86, 1984-12
- 被引用文献数
-
1
1978年に Cartwright らによって発見されたプラスチック飛跡検出器 CR-39 は, 従来一般に使用されていたポリカーボネート (PC) やセルロースナイトレート (CN) と比較すると非常に高い感度を有している。また CR-39 のシートは, その均質性, 一様性が大変良い。そのため宇宙線重粒子の観測, ウラン濃度の定量, 中性子線量計, マイクロフィルターの製作など宇宙物理, 地球物理, 放射線計測, 工学の広い分野で応用され, その重要性は最近ますます高くなっている。もし CR-39 の感度をさらに向上させることができると, たとえば高エネルギーの L_i, B_e, B などが観測可能となる。これは宇宙線の起源, 銀河中での伝播などに関する新しい情報をもたらすものである。本論文ではまず第I章で固体飛跡検出器の歴史を簡単に振返り, 次に CR-39 の感度に関する従来の研究についてまとめる。荷電粒子に対する CR-39 の感度は, 使用したモノマーの純度, 重合時の温度条件, 重合開始剤の濃度などによって変化している。このことは CR-39 の感度をさらに改善できる可能性が残されていることを示すものである。 CR-39 を観測に応用する上での問題点としては, シートの場所による感度のばらつき, 使用する温度による感度の変化, 荷電粒子の入射角による感度の変化などがある。感度の入射角依存性の原因としては, バルクエッチング速産 V_b が, シート表面からの深さによって変化しているためではないかと考えられている。この入射角依存性と関連して, 荷電粒子に対する固体飛跡検出器の応答を調べるため, 第II章ではエッチピットの形状を求める一般的方法について議論する。従来よく知られているエッチピット形状の式は, V_g が一定の場合にしな適用できない。ここでは変分法を用いて, エッチングによる飛跡の成長速度 V_t とバルクエッチング速度 V_b が共に変化する場合にも適用可能な一般式を導いた。この一般式は CR-39 のように V_b が変化している場合のエッチピットの解析には欠かすことのできないものである。この一般式を用いて感度の入射角依存性やエッチピットの形状を定量的に説明できることを示した。第III章では CR-39 の感度を改善するために, プラスチックの放射線による劣化を促進する働きのある塩素化合物を添加するという新しい試みについて述べる。少量の塩素化合物を添加した CR-39 と, 添加物を加えない純粋の CR-39 について数種類のテストサンプルを用意し, 気球に搭載して上空で宇宙線を照射した。回収したサンプルは同一の条件でエッチングし, 荷電粒子に対する感度を比較した。このテストの結果, ジアリルクロレンデート (DACD) を2%添加したものは, 無添加のものと比較して数10%の感度上昇を示すこと, 一方ヘキサクロロブタジェン (HCB) を0.5%添加したものについては, 感度はあまり変化しないが, 長時間のエッチング後もシートの透明度が非常に良くなることを見出した。第 IV 章では, HCBを添加した CR-39 の特長を生かした応用として, 宇宙線重粒子の観測について述べる。長時間のエッチングを行うと, エッチピットは裸眼で見える程度の大きさに成長する。HCBを添加した CR-39 では, 長時間エッチングの後にもシートの透明度が失なわれないため, 9枚のシートを重ねて, 重粒子の飛跡を効率よく追跡することができた。この裸眼によるスキャンは, 従来の顕微鏡によるスキャンと比較するとそのスピードが格段に速く, 大変効率がよい。またスキャンロスも無い。このようにHCBを添加した CR-39 は位置検出器として, 特に大面積検出器を心要とする実験で有効性を発揮するものと考えられる。最後にV章では, CR-39 に代わる新しいプラスチック検出器の可能性について述べる。従来調べられたプラスチックは CR-39 を例外として, すべて熱可塑性樹脂である。これに対し CR-39 は3次元的に架橋した熱硬化性樹脂である。この3次元構造が CR-39 の高感度の大きな要因の1つと考えられる。アジピン酸ジアリル (DAA) , コハク酸ジアリル (DAS) など,いくつかの新しい熱硬化性樹脂の重合を行ない,低エネルギーのα線に対する感度を調べた。感度の高い方から並べると, CR-39 , DAS, DAA の順である。このうちDAAの感度は低いが, エッチピットの形状は大変良く, 超重核の観測に応用できる。これらの樹脂の分子構造を比較することによって, 荷重粒子に対する感度の高い樹脂を発見する手掛りを得ることができた。