- 著者
-
岩崎 精彦
- 出版者
- 大阪歯科学会
- 雑誌
- 歯科医学
- 巻号頁・発行日
- vol.53, no.2, pp.g59-g60, 1990
硬, 軟両食品咀嚼時の頭蓋の力学的反応の違いと頭蓋の成長, 発育との関連性を明らかにすることが, この研究の目的である. 立位に固定した麻酔下の成熟期 (体重 : 7.0〜10.4kg) および幼年期 (体重 : 2.3〜2.7kg) の日本ザルの下顎骨の両側の臼歯部骨体部ならびに両側の上顎骨の臼歯部骨体部, 頬骨弓前部, 頬骨弓後部, 側頭骨鱗部, 頭頂骨中央部および側頭骨顎関節周辺部の合計14か所に三軸ストレインゲージを貼付し, 両側の咬筋を同時に電気刺激して収縮させ, 咬合, 咀嚼させた. なお, 電気刺激の強さは, 咬合時の両側咬筋ならびに硬食品 (クッキー) および軟食品 (マシュマロ) 咀嚼時の左側 (咀嚼側) 咬筋においては60V, 食品咀嚼時の右側 (非咀嚼側) の咬筋は30Vである. 咬合時に対する咀嚼時の全総主ひずみ量 (咀嚼時に咀嚼側と非咀嚼側との頭蓋各骨に生ずる主ひずみ量の総和) の百分率は, 硬食品咀嚼時には成熟期頭蓋と幼年期頭蓋とではほとんど差は認められないが, 軟食品咀嚼時には幼年期頭蓋のほうが小さい. 咬合時に対する咀嚼側頭蓋総主ひずみ量 (咀嚼時に咀嚼側頭蓋の各骨に生ずる主ひずみ量の総和) の百分率については, どちらの食品を咀嚼しても, 両頭蓋間にそれほど差が認められないかあるいは差が認められたとしてもその差はわずかである. それに対して, 咬合時に対する非咀嚼側頭蓋総主ひずみ量の百分率は, 幼年期頭蓋のほうが硬食品咀嚼時では大きく, 軟食品咀嚼時では著しく小さい. すなわち, 硬食品咀嚼においては, 非咀嚼側頭蓋にはその発育を促すのに必要なだけの大きさの咀嚼力が加わっているのに対して, 軟食品咀嚼時には加わらない. したがって, 摂取食品の性状による頭蓋の力学的反応の悪影響は, 軟食品咀嚼時において, とくに幼年期の非咀嚼側の頭蓋に現われる. 咀嚼時には, 咀嚼物質の大きさや性状等によって頭蓋各骨に加わる咀嚼力の方向, したがって主ひずみの方向が咬合時と異なる骨とまったく差異の認められない骨とがある. 前者の骨は, 幼年期頭蓋のほうに多く認められる. このことから, 成熟期頭蓋のほうが応力が集中しやすいことがわかる. また, 頭蓋各骨における咀嚼時の主ひずみ量が咬合時に比べて増加する骨は, 軟食品咀嚼時よりも硬食品咀嚼時のほうが, また幼年期頭蓋よりも成熟期頭蓋のほうが多い. 頭蓋各骨における咀嚼時の主ひずみ方向の変動および主ひずみ量の増大についての以上の知見から, 成熟期頭蓋においては咀嚼時には個々の骨がそれぞれ単独に, これに対して幼年期頭蓋では頭蓋を構成するすべての骨が一塊として, 咀嚼力を緩衝していることがわかる. 非咀嚼側の頬骨弓は, 咀嚼力の緩衝作用に対して重要な働きをしている. すなわち, 頬骨弓の主ひずみ量は, 軟食品咀嚼時の幼年期非咀嚼側頬骨弓における場合を除いては, 他の頭蓋各骨よりも著しく大きい. また, その主ひずみの方向は非咀嚼側頬骨弓では変わりやすく, 咀嚼側頬骨弓では変わりにくい. 量と方向とについての以上の現象から, 非咀嚼側の頬骨弓は第2級のてこの作用が十分に発揮されるように, 機能していることが証明される. しかし, 幼年期の非咀嚼側頬骨弓は, 軟食品咀嚼時には主ひずみの方向は変わりやすいが, 主ひずみ量が大きくないから, 第2級のてこの作用は発揮されない. なお, latency time, peak time, restoration timeおよびひずみ波形のパターンを測定し, 粘弾性体としての頭蓋各骨の力学的モデルは三要素モデルによって説明できると判断した.