- 著者
-
深尾 正
- 出版者
- 大阪歯科学会
- 雑誌
- 歯科医学 (ISSN:00306150)
- 巻号頁・発行日
- vol.54, no.2, pp.g71-g72, 1991-04-25 (Released:2017-02-23)
化学的に活性の高いフッ素 (以下F) がエナメル質の脱灰過程に存在すると, きわめて著明な脱灰抑制を示すことが報告されている. Intraoral fluoride releasing device (以下IFRD) は, 口腔内に長期間一定量のFを放出することが可能で, 低濃度のFがエナメル質に効果的に取り込まれ, 齲蝕抑制効果が期待できる新しいF応用法である. そして, このIFRDから放出される低濃度のFにも同様の脱灰抑制があると考えられる. IFRDによるエナメル質へのFの取り込みやエナメル質の結晶性および耐酸性の向上については, 報告されているがIFRDから放出される低濃度Fによる脱灰過程のエナメル質における脱灰抑制効果については未だ研究されていない. そこで本研究では, IFRDによる特徴的な脱灰抑制効果を検討するため, 脱灰液中にFを添加し, ウシエナメル質の脱灰におよぼす影響を検討した. また, IFRDを口腔内に長期間使用した場合を想定すると, すでにFが取り込まれたエナメル質に齲蝕が侵襲することも考えられるので, すでに取り込まれたFと新たに口腔内に放出されたFとの複合効果についても検討した. ウシ下顎永久切歯唇面から6×6×3mmのブロックを作製し, エナメル質試料とした. エナメル質試料をNaFの添加により, 0, 0.3, 1.0, 10.0, 100.0ppmの5段階のF濃度のフッ化物溶液に30, 60および90日間浸漬した. 同試料を37℃, 24時間, 1M KOHに浸漬後, 0.5M HClO_4で連続脱灰を行い, Fは, F複合電極 (オリオンリサーチ, 96-09) で, また, カルシウム (以下Ca) は, 原子吸光分光光度計 (日立製作所, 508) でそれぞれ測定し, エナメル質の層別F濃度を算出した. 次に脱灰液中のFの脱灰抑制効果を検討するために未浸漬のエナメル質試料を用い, NaFの添加により, 0, 0.3, 1.0, 10.0, 100.0ppmの5段階のF濃度でpHを4.4に調整した0.2M酢酸緩衝液で48時間脱灰した. また, 複合効果を検討するために, フッ化物溶液に浸漬後のエナメル質試料を用い, 浸漬液と同一のF濃度の酢酸緩衝液で同様に脱灰した. 脱灰後, 溶出Ca量を原子吸光分光光度計を用い, 溶出リン (以下P) 量をEASTOE法によりそれぞれ測定した. さらに脱灰エナメル質面をSEM (日立製作所, X-560) 観察するとともに, エックス線マイクロアナライザー (日立製作所, X-560) でCa, PおよびFについて同面の元素分析をそれぞれ行った. また, Weatherell et al. のabrasive法を用いて脱灰エナメル質中のF濃度およびCa濃度を測定した. さらに微小部エックス線回折装置 (リガク社, RAD-RC+PSPC/MDG) で脱灰後の反応生成物の定性分析を行った. その結果, 以下の結論を得た. 1) 脱灰液中のF濃度が高いほど脱灰量は減少した. また, 脱灰時間が経過するに従って脱灰量は減少傾向を示し, その傾向は脱灰液中のF濃度が高いほど著明であった. 2) Abrasive法により脱灰エナメル質に取り込まれたF量を測定したところ, 脱灰液中のF濃度が高いほど多量にエナメル質深部にまでFが取り込まれていた. また, いずれの実験においてもエナメル質の脱灰層に多量のFが認められた. 3) 脱灰後の反応生成物をエックス線回折法で定性分析を行った結果, 脱灰液中のF濃度が100.0ppmでは, エナメル質の最表層部にCaF_2の形成が認められた. 4) フッ化物溶液に浸漬したエナメル質をFを含む脱灰液で脱灰した場合, 脱灰量は著明に減少した. 以上のことから, IFRD法を想定し, Fをエナメル質の脱灰過程に作用させると脱灰部にFが取り込まれ, 同部が強化され, 脱灰が抑制されるとともにF濃度100.0ppmではCaF_2が形成されることが明らかになった.