- 著者
-
織田 秀実
- 出版者
- 日本動物分類学会
- 雑誌
- 動物分類学会誌 (ISSN:02870223)
- 巻号頁・発行日
- no.10, pp.31-39c, 1974-12-14
1972年秋,富士川胡の一つ,河口湖に,従来,北アメリカ東部と中央ヨーロッパでしか記録されていなかった炭水産コケムシpectinatella magnifica(LEIDY)の群体塊が出現した(MAWATARI, 1973)。ところが1973年には富士五湖の他の一つ,精進湖にもこの群体塊が多数出現した。9月初め岸辺の水中の岩・に大小様々の群体塊が毬(まり)状に発達し,分泌した寒天質塊の表面を多数の群体が多角模様をなしておおっていた。大きな群体塊は岩から剥れて分厚い円盤状(直径約60 cm)となって水面に浮上していた。11月初めには岩に囲まれた静かな水面に畳一畳ほどもあるけ大な群体塊となって浮いていた。長さでは2.8mに達する細長いものもあった。個々のポリプ体は1.5mmほどで,(Cristatella mucedo CUVIER(アユミコケムシ)を思わせる。口上突起と目の周辺に赤い色素があるのはこの種の著しい特徴である。触手冠の両腕の先端部および包体の肛門側に乳白色の塊があるが,これらはKRAEPELIN(1887)がいう上皮線(epidermal gland)からの分泌物である。スタトブラストは丸味を帯びた角形で,長径は約1mm,川縁部から錨形をした軸が11〜22本伸びでている。群体から放出されたスタトブラストは必ず水面に浮上し,数週間は寒天質層に包されている。精進湖は冬期結氷するが,越冬し水面に浮遊するスタトブラストは,現地で,5月下旬に発芽していた。8月に幼生が出現した。幼生は卵形で直径1〜2mm, 1〜5個の芽を有するが,通常は4個。外分の表面にある繊毛の運動で,芽のある方を下にして,数時間浮遊した後,ものに付着して変態した。このコケムシの群体塊がボール状に発達し,しかも表面が個々の群体によって多角模様をなしていることから和名として"オオマリコケムジ"という名称を提案したい。 今まで日本にいなかったこのコケムシが河口湖や精進湖に突如出現するようになった原因はまだ判明していない。国際的に人や物資の交流が盛んになった今日,偶然の機会に,ものに付着したスタトブラストがこれらの湖に持たらされたのであろう。また渡り鳥によるスタトブラストの"空輸"も考慮されよう。1974年の夏には石川県の柴山潟にもこの群体塊が多量に出現した。今後,このコケムシの分布の推移に注目しておかなければならない。(第10回動物分類学今大会にて講演)