- 著者
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下笠 幸信
- 出版者
- 関西学院大学
- 雑誌
- 臨床教育心理学研究
- 巻号頁・発行日
- vol.30, no.1, pp.71-80, 2004-03-25
- 被引用文献数
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現在,児童養護施設では入所児の約半数が被虐待事例であり,今までの集団処遇から個別処遇が重要視され始めている。その為,平成11年度より心理職が配置されるようになり施設内治療が行われるようになった。しかし,今まで集団処遇のみ行われてきた施設での個別処遇は様々な困難が付きまとい,多くの課題を残している。本研究では遊戯療法の事例を通して,児童養護施設という特殊な枠の中での治療と,被虐待児のセラピーに特徴的に見られるアンビバレントな感情や行動,特に攻撃性と依存性について,先行研究を元にそのメカニズムが施設内での被虐待児の遊戯療法の中でも観察されるものであるのかを検証した。セラピーが進むにつれ,主訴とされていた問題行動より,セラピストとの関係性が非常に重要な問題となってきた。これはAの"心の傷"が過去の人間関係の中で生まれ,育ってきたものであるという事を決定的に物語っている。この精神的外傷体験の為,Aの自己治癒能力は著しく阻害され,愛着対象の良いイメージを内在化することが困難であった。またセラピーの中でAは激しい攻撃性と依存の表出を繰り返していたが,その根源的な問題として"不安"があり,Aが真に護られているという感覚を持てなかった為であるかも知れない。Aはその不安から逃れる為に支配・被支配の関係を結び,反復強迫的に攻撃を繰り返していたが,thがAの行動に理解をし始め,制限を強固なものとしてプレイルームが真に安心できる場として存在した時,thとの真のラポール形成が進み,基本的信頼感を構築していく事が可能になるのではないだろうか。Aはセラピーの中で攻撃を繰り返し,それでも切れない関係を体験していき,治療後期ではAの中に衝動性をコントロールするプレーキが内在化され,Aの成長していく姿が如実に示されていた。最後に,本研究は施設内での遊戯療法の1事例であり,施設児が抱える多大な心理的問題を全て見つめる事は出来なかったが,同時に新たな課題が生まれ,これらを今後の筆者の児童養護施設での治療実践に役立てられるよう,また子ども達の生活を支える現場職員との連携を今まで以上に大事にし,施設全体が子ども達にとって"抱える環境"となるよう,心理職員の役割と意義について更なる検討を行っていく事が筆者の今後の課題である。