- 著者
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松井 琴世
河合 淳子
澤村 貫太
小原 依子
松本 和雄
- 出版者
- 関西学院大学
- 雑誌
- 臨床教育心理学研究
- 巻号頁・発行日
- vol.29, no.1, pp.43-57, 2003-03-25
- 被引用文献数
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本研究は,編曲の異なる3曲のパッフェルベルのカノンを被験者に呈示することによって,音楽聴取時における心身の変化を観察するものであった。それぞれのカノンについて音楽分析を行うと共に,生理反応と心理指標を用いて評定を行うことにより,編曲の違いによって生じる聴き手の生理的・心理的影響の変化を検討し,音楽刺激の精神生理学的研究を行うことを目的とした。本実験は,K大学の学生28名,音楽系大学の学生5名(平均年齢21.4歳)を対象とした。実験では,編曲によってポップな感じが与えられるカノン,カノン演奏に並行して波の音が流れるカノン,最も原曲に近い弦楽合奏によるカノンの3曲を呈示し,それぞれの音楽刺激聴取時と,安静(無音状態)時における生理反応を測定した。実験で測定されたのは脳波・筋電図・心拍・呼吸・皮膚電気反射・血圧・皮膚温・重心動揺からくる身体のふらつきの程度であり,本研究では,脳波,皮膚電気反射,呼吸,心拍,重心動揺からくる身体のふらつきの程度の指標を用いた。また各音楽刺激呈示後に,音楽を聴いているときの気分について12項目,音楽を聴いているときの心身の自覚について10項目,音楽の印象について7項目の評定を求めた。音楽刺激による生理反応について,中枢神経系である脳波は,いずれの音楽刺激聴取時においても安静状態に比べて覚醒水準の低下が認められた。また,重心動揺による身体のふらつきについては,音楽刺激聴取時における開眼時の重心動揺総軌跡長が顕著に減少したことによって,ロンベルグ率の増加が導かれた。このことより,音楽刺激が視覚性の姿勢制御機能を高める上で効果的に作用したと考察された。また自律神経系では音楽刺激聴取時の呼吸数の増加に有意差が認められた。次に,本研究で呈示された3曲の音楽刺激別に考察を行うと,ドラムを用いてビートを刻んだポップな感じのカノンでは心理評定において軽い興奮状態が示された。また生理反応においても,心拍・皮膚電気反射の反応回数・呼吸数の増加といった興奮性の刺激的な音楽によってもたらされたと推察される結果が得られた。また,評定に騒々しさが認められるなど,原曲と大きく異なった編曲に抵抗が感じられたことも推察された。しかし,心理評定において他刺激と比較すると興奮状態を示す有意差が認められたものの,それらの項目の得点が顕著に高くはなかった。そのため,原曲のクラシック音楽がもたらした効果と,微量の興奮をもたらす音楽刺激が生体に適度な睡眠導入刺激となって受容されたことにより,脳波において覚醒水準の低下が認められたと推察された。次にサブリミナル効果として波の音が並行して流されたカノンでは,波の音の影響として,評定により鎮静効果が認められた。また,重心動揺によるロンベルグ率が健常平均値と最も近づいたことについて,波の音がもたらす1/f型ゆらぎが,クラシック音楽であるカノン自体が有する1/f型ゆらぎと調和したことによって,重心動揺によりよい刺激となって作用したためであると推察された。脳波においては覚醒水準が低下したが,これは心地よさの指標とされる1/f型ゆらぎが大量に作用したために,睡眠が促されたと推察された。また波の音がカノンに並行して流れたこの曲では,カノンを聴きたい被験者にとって波の音が耳障りとなったことも考察され,さらに波の音による影響をより明確にするため,波の音がもたらす作用について追及する必要性が感じられた。最も原曲に近い弦楽合奏によるカノンでは,他の2曲に比べて多くのα波が誘発されたものの,その程度についてはさらに調査する必要があると推察された。また,原曲のカノンに馴染みがある被験者にとって,この曲が最も聞き慣れた音楽として受容されたために心地よさがもたらされたと推察された。重心動揺においては,ロンベルグ率が最も増加したことが開眼時の総軌跡長の減少によるものと示唆されたため,本音楽刺激聴取時に視覚性の姿勢安定維持機能が最も高まった状態であったことが推察された。以上のように,編曲されたそれぞれの音楽の特徴的な要素を取り上げて考察を行ったが,本研究で用いた音楽刺激は音楽の3要素であるメロディ・和声・リズムの全ての要素において多くの相違点が認められた。そのため,特徴的な要素以外にさまざまな要素が影響し合ったことで反応が導かれたと指摘された。また,より深い音楽分析による検討を行い,多岐にわたるジャンルの音楽を用いて同様の研究を実施することによって,より一般化された音楽における編曲の違いから生じる生理的・心理的反応の変化を検討,考察することが可能となるであろう。