著者
角丸 歩
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.89-105, 2004-03-25

自傷行為の中でも,特にリストカットは,近年,思春期・青年期にあたる若者の間で急激な増加傾向にある。それは,自殺を目的としてなされるというより,様々な要因による感情の表現としてなされるようである。これまでの自傷行為に関する研究では,事例研究がその中心であり,尺度の作成を試みた者は数少ない。そのため,自傷を客観的に捉える指標は今のところ確立してはおらず,自傷行為に関する尺度の作成についての研究は,今後さらなる開拓が望まれる分野である。本研究では自傷を行う傾向が強くなる思春期を経た,青年期にあたる大学生を対象に,自傷行為の実態を明らかにするとともに,攻撃性との関連に着目しながら自傷尺度の作成を試みた。攻撃性についてはP-Fスタディを,実態調査については独自に作成した質問紙を用いた。また,自傷尺度については独自に作成した50項目より,因子分析にて抽出された17項目からなる尺度を用いた。結果,自傷行為に関する実態調査からは,自傷を行うきっかけや現在の大学生における自傷行為のあり方を知ることができた。きっかけとしては,大きく分類して(1)イライラによる衝動,(2)リストカットの流行に見られるような自己陶酔,(3)気付いてほしいというクライシスコール,(4)なんとなくといった解離状態の4つが見られた。自傷としては,やはりリストカットなどのカッティングが最も多く,他には叩頭や壁を殴る,蹴るなどが多く見られた。また,自傷行為の経験の有無にかかわらず,その攻撃性を捉えることができたという点から,今回作成した自傷尺度は自傷を行う傾向の強さを捉えるための指標として,有効な尺度となったと言うことができた。P-Fが示す攻撃性の結果から,自傷傾向の高い者は,社会性が乏しいために人間関係がうまく行かず,問題を起こしやすいということがわかった。そして,問題が生じた時には,一般的とされる反応ができずに衝動的に怒りを表現してしまいがちであると思われる。また,その攻撃性を自己の中に抑制することができず,外へ向かって表現してしまう。そのため,その攻撃性が周囲の人間に対する感情の表れとして人格化された手首などに向いた場合に自傷行為として現れるのではないかと考えられる。実際に自傷をしたことがあると答えた者では,その攻撃性は障害や問題の原因には向かわないということがわかった。しかし,問題の解決は積極的にしようとするので,攻撃が自己に向かいやすく,自傷行為につながるものと思われる。以前は疾病や障害によるものがほとんどであった自傷行為が,近年になって一般の若者の間で流行してきている背景には,現代という時代そのものが強く影響していると思われる。医療の進歩や飽食の影響で,「死」は日常から遠い存在になった。そのためにアイデンティティの確立を迫られた思春期・青年期には,「生」を確かめなければ生きている実感を得ることが難しいと感じる者が現れた。また,進学率の向上とともに若者が受けるストレスも増え,そのはけ口が必要となった。本来ならばあるべきはずの家族や友人の親密な関係が希薄になることで,発散できないストレスや伝えきれない感情を自己に向けざるを得ない環境ができたのではないかと思われる。このように自分という存在がわかりづらく,自己表現のしにくい時代の中で,自傷行為は取り組まざるを得ない問題行動であると言えよう。自傷行為,特にリストカットのような致命傷には至らない傷は,ことばにできない感情を表現するコミュニケーションの手段であり,メッセージである。そして,自傷行為をひとつのメッセージとして捉え,これを見逃さずサポートしていくためにも,自傷行為および自傷尺度についての研究を今後さらに進めていきたいと思う。
著者
武中 美佳子 岡井 沙智子 小原 依子 井上 健
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.43-55, 2005-03-25
被引用文献数
1

本実験では,心拍数に合わせたテンポのリズムを聴取することによる,同期現象,気分誘導について,さらに,被験者の精神テンポおよび音楽の嗜好との関連性について生理的および心理的影響を調べた。テンポは心拍数と同じ,速い,遅いの3種類,生理指標は心拍変動,脳波である。また,実験前後に精神テンポ,STAI,血圧および心拍数の測定を行った。精神テンポはタッピングで測定した。結果として,+60%でHF/totalが低く,LF/HFおよび変動係数が高かった。-60%および心拍テンポではHF/totalが高くLF/HFが低かった。また,-60%では「のんびりしている」,「体の力が抜けている」,「遅い」などの得点が高く,心拍テンポではα波相対パワーおよびα波ピーク周波数が最も高く,変動係数が最も低かった。精神テンポによって2群化して行った分析においてもほぼ同様の結果が認められた。また,精神テンポと心拍数に相関はみられなかったが,精神テンポが有意に速かった。よって,心拍数に合わせたテンポや精神テンポよりもやや遅いテンポが,リラックスし,副交感神経優位の状態をもたらすと考えられる。音楽の嗜好の点では,覚醒的音楽を好むグループでは,交感神経優位の状態,気分の高揚を求め,鎮静的音楽を好むグループでは,副交感神経優位の状態,心身の弛緩を求めていると考えられた。また,精神テンポは生理機能に由来するものではなく,各々固有のものであり,気分や環境によって変動すると推察された。
著者
松井 琴世 河合 淳子 澤村 貫太 小原 依子 松本 和雄
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.43-57, 2003-03-25
被引用文献数
2

本研究は,編曲の異なる3曲のパッフェルベルのカノンを被験者に呈示することによって,音楽聴取時における心身の変化を観察するものであった。それぞれのカノンについて音楽分析を行うと共に,生理反応と心理指標を用いて評定を行うことにより,編曲の違いによって生じる聴き手の生理的・心理的影響の変化を検討し,音楽刺激の精神生理学的研究を行うことを目的とした。本実験は,K大学の学生28名,音楽系大学の学生5名(平均年齢21.4歳)を対象とした。実験では,編曲によってポップな感じが与えられるカノン,カノン演奏に並行して波の音が流れるカノン,最も原曲に近い弦楽合奏によるカノンの3曲を呈示し,それぞれの音楽刺激聴取時と,安静(無音状態)時における生理反応を測定した。実験で測定されたのは脳波・筋電図・心拍・呼吸・皮膚電気反射・血圧・皮膚温・重心動揺からくる身体のふらつきの程度であり,本研究では,脳波,皮膚電気反射,呼吸,心拍,重心動揺からくる身体のふらつきの程度の指標を用いた。また各音楽刺激呈示後に,音楽を聴いているときの気分について12項目,音楽を聴いているときの心身の自覚について10項目,音楽の印象について7項目の評定を求めた。音楽刺激による生理反応について,中枢神経系である脳波は,いずれの音楽刺激聴取時においても安静状態に比べて覚醒水準の低下が認められた。また,重心動揺による身体のふらつきについては,音楽刺激聴取時における開眼時の重心動揺総軌跡長が顕著に減少したことによって,ロンベルグ率の増加が導かれた。このことより,音楽刺激が視覚性の姿勢制御機能を高める上で効果的に作用したと考察された。また自律神経系では音楽刺激聴取時の呼吸数の増加に有意差が認められた。次に,本研究で呈示された3曲の音楽刺激別に考察を行うと,ドラムを用いてビートを刻んだポップな感じのカノンでは心理評定において軽い興奮状態が示された。また生理反応においても,心拍・皮膚電気反射の反応回数・呼吸数の増加といった興奮性の刺激的な音楽によってもたらされたと推察される結果が得られた。また,評定に騒々しさが認められるなど,原曲と大きく異なった編曲に抵抗が感じられたことも推察された。しかし,心理評定において他刺激と比較すると興奮状態を示す有意差が認められたものの,それらの項目の得点が顕著に高くはなかった。そのため,原曲のクラシック音楽がもたらした効果と,微量の興奮をもたらす音楽刺激が生体に適度な睡眠導入刺激となって受容されたことにより,脳波において覚醒水準の低下が認められたと推察された。次にサブリミナル効果として波の音が並行して流されたカノンでは,波の音の影響として,評定により鎮静効果が認められた。また,重心動揺によるロンベルグ率が健常平均値と最も近づいたことについて,波の音がもたらす1/f型ゆらぎが,クラシック音楽であるカノン自体が有する1/f型ゆらぎと調和したことによって,重心動揺によりよい刺激となって作用したためであると推察された。脳波においては覚醒水準が低下したが,これは心地よさの指標とされる1/f型ゆらぎが大量に作用したために,睡眠が促されたと推察された。また波の音がカノンに並行して流れたこの曲では,カノンを聴きたい被験者にとって波の音が耳障りとなったことも考察され,さらに波の音による影響をより明確にするため,波の音がもたらす作用について追及する必要性が感じられた。最も原曲に近い弦楽合奏によるカノンでは,他の2曲に比べて多くのα波が誘発されたものの,その程度についてはさらに調査する必要があると推察された。また,原曲のカノンに馴染みがある被験者にとって,この曲が最も聞き慣れた音楽として受容されたために心地よさがもたらされたと推察された。重心動揺においては,ロンベルグ率が最も増加したことが開眼時の総軌跡長の減少によるものと示唆されたため,本音楽刺激聴取時に視覚性の姿勢安定維持機能が最も高まった状態であったことが推察された。以上のように,編曲されたそれぞれの音楽の特徴的な要素を取り上げて考察を行ったが,本研究で用いた音楽刺激は音楽の3要素であるメロディ・和声・リズムの全ての要素において多くの相違点が認められた。そのため,特徴的な要素以外にさまざまな要素が影響し合ったことで反応が導かれたと指摘された。また,より深い音楽分析による検討を行い,多岐にわたるジャンルの音楽を用いて同様の研究を実施することによって,より一般化された音楽における編曲の違いから生じる生理的・心理的反応の変化を検討,考察することが可能となるであろう。
著者
堀田 晴子 澤村 貫太 井上 健
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.1-8, 2007-03

本研究では,心拍テンポ音楽が心身に与える影響について,心拍変動を中心に検討した。モーツアルトの『ディベルティメントK. 136第2楽章』について,3種類のテンポすなわち(1)被験者自身の心拍数で常時変化するテンポ(心拍テンポ),(2)聴取前1分間の平均心拍数による固定テンポ,(3)聴取時の心拍数に無関係のランダムテンポを用いた。音楽聴取時の心拍変動のパワースペクトルから,LF/HFとHF/Totalを算出した。心拍テンポ音楽でHFが大きく,副交感神経優位となり,最もリラクゼーション効果があったと考えられた。各テンポ音楽提示後の心理評定については,「好き-嫌い」の項目のみ有意差があり,心拍テンポ音楽がランダム音楽よりも好まれることが示された。それ以外の項目では有意差はなかったが,全体の傾向としては,心拍テンポ音楽が最も肯定的な印象を与えたようであった。今後,テンポの区別をもう少し明確化すること,被験者が実験室でより自然に音楽を聴けるよう配慮すること,また,音楽刺激として被験者が好む音楽を用いることにより,心拍テンポ音楽の効果についてより深く検討することができると思われる。
著者
中村 万理子
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.107-122, 2004-03-25

今回の調査では,大学生の睡眠習慣・睡眠環境・心身状態と睡眠状況について調べた。習慣については,カフェインの過度の摂取度が不眠をもたらす可能性があることが分かった。睡眠環境と不眠傾向との有意な関連性は結果としてあまり得られなかったが,睡眠時の騒音に関しての調査では,騒音に対して反応が過敏である程不眠傾向が高くなることが推察された。またこの調査から最も知りたかったことは,大学生の心身状態と睡眠状況の関連性であった。TMIを用いて心身状態の自覚症状を質問したところ,正常型に入る者はわずかに50%にみたず,過半数が現在の心身状態になんらかの異常傾向を持っていることが分かった。大学生の生活には比較的規制が少なく,ストレスも持ちにくいと考えていたが,学校や塾などにカリキュラムがみっちりと決められた受身の状態だった高校までの生活から,何をするにも自主性を求められる大学生活へと移り変わることによって,生活リズムを崩したり,今までの自分との一貫性をなくし目標までも失うなど,精神的につらい時期を過ごす者も少なくはなく,今回のTMIによる心身状態の結果にそれが現れているのではないかと考える。それらの身体的・精神的異常傾向は程度に差はあるものの,心身ともに正常な状態よりも不眠状態を招きやすく,よって大学生の生活のリズムをより悪化させる因子ともなり得る。現在の大学生の心身状態に影響している主なストレス原因は何であるのか,また,大学生が規制の少ない生活を送る一因であると思われる大学の教育制度のあり方についても細分化した調査・分析を行っていくことが必要であると思われる。
著者
太田 莉加 西本 実苗 井上 健
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.83-96, 2005-03-25

今回の研究では,私立の4年制K大学に通う学生316名(男性105名,女性211名)を対象に,独自に作成した(1)ペット飼育に関する実態調査と(2)対ペット尺度,そして(3)MPI,(4)GHQ 30,(5)UPIの5種の質問紙を用いて一斉調査を行った。その目的は,大学生におけるペット飼育の実態を明らかにすること,外向性一神経症的傾向といった側面からの飼い主の性格的傾向や,ペット飼育による心身両面への効果を検討することであった。また,対ペット尺度を作成することで,ペット飼育による人への影響が,具体的にはペット飼育のどういった側面と結びついているのかも検討することとした。実態調査から,現在ペットを「飼っている」者は被験者全体の31.6%(100名),「実家で飼っている」者は10.8% (34名),「以前飼っていたが今は飼っていない」者は25.9%(82名),「飼ったことがない」者は31.6%(100名)であることが明らかとなった。飼っている(た)ペットの種類においてはイヌが圧倒的に多く,それは飼いたいペットにおいても同様であった。また,現在ペットを飼っていない人における飼っていない理由としては,住んでいるところがペット禁止であるからといったものが多かった。今回,飼い主とペットとの関係を客観的に捉えるために対ペット尺度を作成したが,それについて因子分析を行った結果,3因子が抽出され,57項目中39項目が選出された。抽出された3因子については,項目の内容からそれぞれ,肯定的感情因子,関係性因子,スキンシップ因子と命名した。ペット飼育とMPI, GHQ, UPIとの関係を見たところ,ペットを飼う人は,飼ったことがない人よりも,神経症的な傾向が強い人やストレッサーに敏感な人が多いのではないかと考えられた。よって,もともとそういった特徴をもった人がペットを飼う傾向があるのではないかと思われた。対ペット尺度とMPI, GHQ, UPIとの関係を見たところ,飼い主の飼育態度と心身状態の関係は,ペットを現在「飼っている」のか,あるいは「実家で飼っているのか」といったことや,飼い主が飼育当時どの発達段階にいる(た)のかといったことと関係しているかもしれないということが考えられた。また,イヌとネコとで飼い主の飼育態度が異なるということ,異なる特性をもつペットを飼う人にも異なる特徴があるかもしれないということが考えられた。これらのことから,ペット飼育のどういった側面が人へ影響を与えているのかといったことについては,ペットを飼育している(た)時期(飼育状況)やペットの種類によって異なるであろうと推測された。以上をふまえ,今後,青年期にあたる大学生を対象に,更なる調査を行い,ペットによる人への影響をより詳細に見ていきたい。
著者
水野 江美 西本 実苗 井上 健
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.29-36, 2006-03-25

今回の研究では,私立の4年制K大学に通う学生144名(男性64名,女性76名,不明4名)を対象に,(1)UPIと独自に製作した(2)自己肯定感尺度質問紙と(3)ポジティブ・イリュージョン尺度の3つの質問紙による調査を行った。その目的は,日本人のポジティブ・イリュージョンを検討することと,ポジティブ・イリュージョンと心身症状の関連を調査することであった。3つの領域から構成されるポジティブ・イリュージョン尺度の因子分析を行った結果,自己に対するポジティブ・イリュージョンにおいては社交性・知的能力因子,容姿因子,優しさ因子の3つの因子が,楽観主義ではポジティブイベント因子とネガティブイベント因子の2因子が,そして統制力に関しては努力可能因子と運因子の2因子が抽出された。また,自己肯定感尺度でも因子分析を行ったところ,充実感因子と自己価値観因子の2つが抽出された。ポジティブ・イリュージョンは容姿や知的能力には働いておらず,社交性ややさしさ因子や統制力,ネガティブイベントに対しては働くということが分かった。そして,UPIとそれぞれの因子の相関を調べたところ,相関関係は見られず,今回の研究ではポジティブ・イリュージョンと心身症状の関連は認められなかった。また,ポジティブ・イリュージョン尺度の各因子と自己肯定感尺度の因子との関係を見たところ,やはり自己肯定感とポジティブ・イリュージョンには正の相関があり,ポジティブ・イリュージョンが強いほど自己肯定感も強くなるということが言える。また,自己肯定感もポジティブ・イリュージョンにおいても,自分の評価だけではなく,他者との関係の影響を強く受けると考えられる。以上をふまえ,今後は心身の健康に関する質問紙を改良し,特に身体的健康とポジティブ・イリュージョンの関連をもう一度調査しなおしてみたいと思う。
著者
角丸 歩 山本 太郎 井上 健
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.69-76, 2005-03-25

青年期における自殺や自傷行為についての現状を知ることは,大学生のメンタルヘルスを考えていく上で,重要な意味をなすと考えられる。そこで,本論文では大学生242名を対象とし行動化のみられやすいボーダーライン傾向と自己同一性確立の観点から,どのような学生が死を考えたことがあるのか,また自傷経験があるのかを,大学生における自殺と自傷行為についての認識を併せて報告するとともに,検討,考察した。今回の意識調査では,30.6%の学生が死のうと思ったことがあり,14.9%が自傷しようと考えたことがあると答えた。また,それらの考えは,いじめや家族の問題など,人間関係における悩みを持ったときに多く見られることがわかった。そして,自己肯定意識尺度からは,このような考えを持つ学生に,閉鎖的で人間不信の傾向があり,他人の目を気にしてしまうことで対人緊張が生まれ,自己表明も苦手でコミュニケーションが上手くできない傾向があることや,ありのままの自分を受け入れられず,自分のしたいことや在り方を見つけられていないと感じている傾向があること,それらによる充実感の低さがみられた。この状態は,自己同一性拡散の状態にあると考えられ,青年期にあたる大学生において,自己同一性拡散の状態にある学生には,ボーダーライン傾向を高く有している可能性があり,ボーダーライン傾向の高い学生の中でも,抑うつ気分優位型の者には死のうと思ったことのある傾向が強いこと,自己脆弱性優位型の者には自傷しよう,または自傷した経験がある可能性の高い,ことが考えられた。現代の大学生にとって自傷行為は,自己破壊行動の中でも自殺よりも身近に存在し,多くの学生が直面しうる問題であると考えられる。死ぬことや自傷を考えたことのある学生が約3割存在する事実,そして青年期にある大学生が自己同一性の確立と拡散の発達課題の段階にあることを考慮するならば,今後,大学生のメンタルヘルスをしていく上で自殺や自傷行為に関する問題はさらに研究を重ねていく必要性があるように思われる。
著者
澤村 貫太
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.65-70, 2004-03-25
被引用文献数
1

今回の実験においては,各音楽刺激による各生理反応の変化,加えて被験者の心理的な指標を計り,曲調の違う3パターンのカノンで,いかに音楽を聴取する人が「癒し効果」に至るのかを検証してきた。癒しの効果がある音楽を提示するには,本来複雑な要素が重なり合って初めて成立するものだと考えられる。音楽の持つ構成要素として,メロディ・リズム・ハーモニー以外にも,音色,緩急と強弱。さらに,これらの総合的な配置や組み合わせにより,生み出される音の厚み,透明度,騒音性,立体感など。またそれらの変化が織成す音の流れの力動や波動,緊張や弛緩によって「癒し」効果は生まれてくるのではないかと推察される。さらには,その効果を引き出すための音楽を聴く環境にも配慮しなければならない。「目的」で述べたように,現代の社会では音楽による癒し効果が更に求められてくるであろう。医療の現場においてもその効果が,着目されており,その重要性は日毎に増すばかりである。そうした中で,最大限のリラクゼーション効果を得るためには,音楽の繊細さ,複雑さを充分に理解した上で使用しなければならない。科学的に分析する上で,被験者(人間)の嗜好性やその時の感情,環境などの要素を,複合,多面的に検証する必要がある。そのことを踏まえ,今後,より普遍的で個人に寄り添った研究・考察を重ねていかなければならないと考える。
著者
角丸 歩 井上 健 篠崎 和弘 西山 等
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.15-28, 2006-03-25

WHO(2002)によると,全世界のどこの国においても自殺は10位以内の死因であり,日本においても1998年に自殺者数が一挙に年間3万2千人を越えた。自殺の危険因子については,自殺者の90%以上が最期の行動に及ぶ前になんらかの精神疾患に罹患していたことが示されており,そのうち30.2%が気分障害と診断されている。自殺行為に至るまでには,必ずといっていいほど抑うつやうつ病を合併していると考えられ,うつ病は自殺行為と非常に密接な関係があると言える。そこで,本調査ではうつ病患者46名(男性17名,女性29名,平均年齢55.2歳(26〜93歳))を対象とし,執着気質と死に関する概念に着目し,自殺企図歴の有無により比較することで自殺企図歴を有する者に特有な性格傾向を検討した。なお,本研究の最終的な目的は,将来的に「近い未来に起こるであろう自殺を予測・予防するためのスケール」を作成することであり,その基礎的研究として本調査を行った。結果,死観では死の意味,HAM-Dでは罪悪感と病識,執着気質においては極端なことをするかどうかに自殺企図歴の有無を判別できる可能性が認められた。そして企図有,つまり自殺企図のリスクが高い者に見られる傾向としては,社会における自分の生死に意味を持たせるが,それが苦しみの解放につながるとは捉えておらず,死を怖れ回避する傾向があることがわかった。また,極端なことをしない性格であり,自身の病識を持ち,罪悪感が他の人よりも生じやすいような出来事を経験しているのではないかと見受けられた。また企図有は,病識や罪悪感などから生じる,死ぬしかないといった絶望感や,死んでも苦しみからは解放されないといった絶望感をもっているとともに,生きたいと願うアンビバレントな気持ちがあり,それが死への恐怖につながっていたり,自分の生死に価値があると思ったりする傾向に結びついていると考えられた。これらの結果は,自殺企図歴のある患者に限らず自殺のハイリスク者にも適用可能であると考えられ,このようなハイリスク者に特有の不変的な性格傾向や概念を把握することは,表面化しにくい自殺のサインを治療者や家族など周囲の人々が的確に捉える一助となり,自殺者を行為に及ぶ前に予防することが可能となるのではないかと考えられる。本研究のように,まずは医療機関において対処可能である患者から自殺予防を心掛けていくことは,たいへん意義のあることと思われ,ひいては社会全体の自殺予防につながると考えられる。