- 著者
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江藤 裕之
- 出版者
- 長野県看護大学
- 雑誌
- 長野県看護大学紀要 (ISSN:13451782)
- 巻号頁・発行日
- vol.6, pp.1-9, 2004
トーマス・マンの小説『ヴェニスに死す』の「死」の意味は何か.本稿では,ニーチェのギリシア悲劇論に見る「アポロ的-ディオニソス的」という象徴的対立概念を補助線として,主人公アッシェンバッハの「死」についての解釈を試みるものである.ヴェニスはアッシェンバッハを主人公とする悲劇の劇場であり,その「死」は「アポロ(理性)的日常」からの解放であり, 「ディオニソス(芸術)的世界」への再生であった.『ヴェニスに死す』に見るギリシア的耽美の世界と,本作品の主題である人間の生と芸術との運命的な関係を見ることは,合理的世界を是とする近代社会に生きる人間の苦悩を理解し,ファンタジーという精神の逃げ場の世界の重要性を考えるヒントになる.そして,ディオニソス的芸術美に殉じることで自らの生を永遠のものとしたアッシェンバッハの姿とギリシア悲劇の本質とを重ねあわせることで,芸術活動を通しての人間精神の永遠性への志向を理解することができよう.