- 著者
-
桐谷 圭治
- 出版者
- 日本生態学会
- 雑誌
- 日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
- 巻号頁・発行日
- vol.55, no.3, pp.506-513, 2005-12-25
- 被引用文献数
-
3
農業生態系をこれまでの短期的・局所的(作物別)視点から脱却して、長期的・広域的視点からながめる必要がある。そのためには土地利用の変化、害虫管理を含む作物管理手法、さらに気候変動も考慮にいれなければならない。害虫あるいは希少種といわれるものも、長期的にはそれぞれの地位が逆転する場合も起こる。これらは害虫管理と生物多様性保全を包括したIBM、すなわち総合的生物多様性管理の必要性を示している。戦後の「コメ1俵増産」連動に動員された一連の耕種技術が予想外のニカメイガの低密度化をもたらした。なかでもイネの早植えがその減少開始の動機となり、韓国、台湾、中国でも日本より数年ないし10数年のおくれを伴って起こっている。また発生ピークから最少になるまでに12-14年を要している。現在、カメムシ類が水稲と果樹の最大の害虫となっている。斑点米カメムシの多発生は減反にともなう休耕地などの繁殖場所の増加が要因となり、果樹カメムシでは1960年代の拡大造林により増加したスギヤヒノキの人工林が、その結実年齢をむかえ、球果で生育するカメムシ類の増加をもたらした。夏の高温は翌年の球果の豊作をもたらす。さらに地球温暖化が、カメムシ類の冬期死亡率の減少、年間世代数の増加、繁殖の活性化を通じて、両者の同時多発をもたらしている。カメムシとは逆に、夏の低温・多雨がニカメイガの大発生をもたらすため、地球温暖化はニカメイガにとっては不利に働く。減反が行われなかった韓国ではカメムシ類によるイネの被害は顕在化しなかったし、果樹カメムシ被害は日本に遅れること20年の1990年半ばに報告されだした。希少種の絶滅は、その生息地の崩壊によることが多いが、ニカメイガの生息地は現在も広大な面積で存在する。ニカメイガの絶滅を防いでいると考えられるのは、密度依存的に働くメイチエウサムライコマユバチであろう。カメムシ問題は土地利用政策の変化に根ざしたものであり、通常の害虫管理の範囲を越えたものである。また縦割り組織のため、稲と果樹カメムシは別個に扱われてきた。カメムシの戦略的害虫管理のためには、従来の枠を越えた「大規模・長期」的視点が不可欠である。ここでは密度の代わりに病害虫発生予察情報による警報数を、「実験」の対照区としては韓国を考えた。現在、日本では減反も限界で、地球温暖化が発生を助長するとしても斑点米カメムシによる被害は現在をピークに下火になると予想される。他方、人工植林面積は過去30年間漸減しているが、針葉樹林面積は減少せず樹齢の老齢化が進んでいる。したがって果樹カメムシによる被害は、なお漸増の傾向にあるといえる。