著者
井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.89-95, 2010-03-31 (Released:2017-04-20)
参考文献数
26
被引用文献数
5

タケ類の生活史は、長期間にわたる栄養繁殖と、その後の一斉開花枯死で特徴づけられる。タケ類に関しては、地下茎の形態と稈の発生様式、開花周期と同調性、開花後の株の振舞いなどにいくつかのパターンが知られており、それぞれの特徴をもたらした究極要因や至近要因が解析・考察されてきた。しかしながら、タケ群落で観察される繁殖生態上の特性は、種が本来的に持つ特徴というよりは、たまたまその地域に人為的に導入された系統の性質であったり、あるいは群落を構成するクローン数が極端に少ないという事に起因する可能性がある。また、タケ類は開花周期が長いため、世代交代時に働く選択のフィルターが機能する頻度も低く、人為による移植の影響や移植個体群の遺伝的性質が長期間にわたって維持される可能性も高い。本論では、単軸分枝する地下茎を持つマダケ属(Phyllostachys)とササ属(Sasa)、仮軸分枝する地下茎を持つBambusa arnhemicaの事例をとりあげ、群落の遺伝的多様性の多寡と開花同調性の有無に基づいて、開花現象を4つのタイプにわけ、タケ類の繁殖生態研究で留意すべき点を考察した。
著者
杉浦 真治
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.62, no.3, pp.347-359, 2012-11-30 (Released:2017-04-28)
参考文献数
80
被引用文献数
2

一般に、島の面積が広くなればそこに生息する動植物の種数は増加する。このような島の種数-面積関係を生み出すメカニズムに関する研究には、Robert MacArthurとEdward Wilsonによる島嶼生物地理学の理論の提唱以来40年の蓄積がある。彼らの理論は、島だけでなく断片化した森林パッチなどの種数-面積関係にも適用されてきた。また、種数-面積関係はさまざまな視点から拡張されてきた。例えば、島の種数-面積関係に種間相互作用を考慮するという試みがある。種間相互作用は、古くは食物網、最近では動物と植物の相利共生系ネットワークとして注目されている。一般に、種数が増加すると種間の相互作用数も多くなる。このため、種間相互作用数は島面積とともに増加すると予測される。また、種間相互作用ネットワークの構造は構成種数に強く影響されるため、ネットワークの構造は島面積に関連することが予測される。これらの予測は、小笠原諸島における植物とアリとの種間相互作用ネットワークで確かめられた。こうした種間相互作用ネットワークと面積の関係は、島の種数-面積関係と同様に、大陸における植生パッチなどにも適用できる。実際、南米大陸における植物-訪花昆虫のネットワークや植物-潜葉性昆虫-捕食寄生性昆虫の食物網で確認された。さらに、北米大陸における植物-訪花昆虫とのネットワークの解析によって、特定の空間スケールにおいて種間相互作用数やネットワークの構造が森林面積と強く関係することが示唆された。このように、種間相互作用数およびネットワーク構造は、島面積や植生パッチ面積といった生息地の大きさに深く関連している。
著者
高橋 昭紀
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態學會誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.47-53, 2014-03

白亜紀/古第三紀境界(K/Pg境界; 約6,600万年前)で生じた、小惑星衝突を引き金とする大量絶滅について、動物の分類群ごとによる絶滅の選択性(絶滅したか、生き延びることができたか)の原因に関してレビューする。同境界において、陸上脊椎動物では非鳥型恐竜類と翼竜類などが絶滅して、鳥類・カメ・ワニ・トカゲ・ヘビや両生類・哺乳類などは絶滅しなかった。その選択性の原因として、(1) 衝突後数分から数時間までに、木陰や洞穴、淡水環境に逃避できたか否かという生態や生活様式の違い、(2) 生食連鎖か腐食連鎖のどちらに属するかという違い、および(3) 体サイズにより必要となる餌やエネルギー量の違い、が挙げられる。これらの複合的な生態の相違によって、大量絶滅時の選択性が左右されたのである。また、アンモナイト類は絶滅したが、オウムガイ類はK/Pg境界を超えて生き延びることができた。この運命を分けた原因は、幼生期に海洋表層でプランクトン生活を送っていたか、それとも深海で棲息していたかという棲息場所の違いである。その結果、衝突後に大量に降ったと推定されている酸性雨からの被害が大きく異なり、両者の運命を分けたと考えられる。長年、白亜紀末の絶滅の生物選択性には多くの疑問が提示されてきたが、以上で挙げたような生態学的要因によって、その多くが説明できると考えられる。
著者
海部 健三 水産庁 環境省自然環境局野生生物課 望岡 典隆 パルシステム生活協同組合連合会 山岡 未季 黒田 啓行 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.43-57, 2018 (Released:2018-04-06)
参考文献数
47

古来より人間は、ニホンウナギから多様な生態系サービスを享受してきたが、国内漁獲量は1961年の約3,400トンをピークに、2015年の70トンまで大きく減少し、2013年には環境省が、2014年には国際自然保護連合(IUCN)が、本種を絶滅危惧IB類およびEndangeredに区分した。本稿は、今後の研究や活動の方向性を議論するための情報を提供することを目的として、現在我が国で行われているニホンウナギの保全と持続的利用に向けた取り組みと課題を整理した。水産庁は、放流と河川生息環境の改善、国内外の資源管理、生態・資源に関する調査の強化等を進めている。環境省は、2ヵ年に渡る現地調査を行なったうえで、2017年3月に「ニホンウナギの生息地保全の考え方」を公表した。民間企業でも、一個体をより大きく育てることで消費される個体数を減少させるとともに、持続的利用を目指す調査研究や取り組みに対して寄付を行う活動が始まっている。しかし、web検索を利用して国内の保全と持続的利用を目指す取り組みを整理すると、その多くは漁業法に基づく放流や漁業調整規則、シンポジウムなどを通じた情報共有であり、生息環境の保全や回復を目的とした実質的な取り組み件数は限られていた。漁業管理を通じた資源管理を考えた場合、本種の資源評価に利用可能なデータは限られており、現時点ではMSY(最大持続生産量)の推定は難しい。満足な資源評価が得られるまでは、現状に合わせて、限られた情報に基づいた漁獲制御ルールを用いるなど、適切な評価や管理の手法を選択することが重要である。本種の生息場所として重要な淡水生態系は劣化が著しく、その保全と回復はニホンウナギに限らず他の生物にとっても重要である。ニホンウナギは水域生態系のアンブレラ種など指標種としての特徴を備えている可能性があり、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)の促進など、水辺の生物多様性の保全と回復を推進する役割が期待される。
著者
篠原 直登 山道 真人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.35-65, 2021 (Released:2021-08-17)
参考文献数
116

単一の資源をめぐって競争する種は共存できない、という競争排除則に反して、野外の生態系では少数の資源を共有する多数の種が共存しているように見える。このパラドックスは、古くから群集生態学の中心的な問いであり続けてきた。近年になって、複数の多種共存メカニズムの効果を統一的に説明する考え方として、Peter Chessonが提唱した共存理論が注目を浴びている。この理論的枠組みでは、安定化効果(負の頻度依存性)と均一化効果(競争能力の差の減少)のバランスによって多種が共存するか決まるとされる。さらに侵入増殖率を分解することで、定常環境下で働くプロセス(資源分割や種ごとに異なる捕食者等)と、時空間的に変動する環境で働くプロセス(相対的非線形性・ストレージ効果)を統一的に捉え、それらの相対的な重要性を調べることができる。その数学的な複雑さにもかかわらず、Chessonの共存理論は大きな広がりを見せ、実証的な知見も蓄積されてきた。さらに近年では、他の群集生態学理論との関連性が明らかにされつつあり、群集生態学という研究分野を統合する理論として発展していく可能性がある。本稿では、なるべく多くの図を用いて変動環境における多種共存メカニズムを整理し、Chessonの共存理論の解説を試みるとともに、今後の群集生態学研究の方向性について議論する。
著者
河村 功一 片山 雅人 三宅 琢也 大前 吉広 原田 泰志 加納 義彦 井口 恵一朗
出版者
日本生態学会暫定事務局
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.131-143, 2009
参考文献数
81
被引用文献数
7

近縁外来種と在来種の交雑は外来種問題の一つであるだけでなく、希少種問題の一つでもある。この問題は決して異種間に限られたものではなく、在来個体群の絶滅という観点から見れば、近縁種から同種の地域個体群にまで渡る幅広い分類学的カテゴリーに該当するものである。近縁外来種と在来種の交雑は遺伝子浸透の程度と在来種の絶滅の有無により、I)遺伝子浸透を伴わない在来種の絶滅、II)遺伝子浸透はあるものの在来種は存続、III)遺伝子浸透により在来種は絶滅の3つに分類される。この中で在来種の絶滅を生じるのはIとIIIの交雑であるが、いずれも交雑の方向性の存在が重要視されている。本稿ではタイリクバラタナゴとニッポンバラタナゴの交雑を材料に、IIIの交雑における在来亜種の絶滅と遺伝子浸透のメカニズムについて調べた研究を紹介する。野外調査と飼育実験により、交雑による個体群の遺伝的特徴の変化、配偶行動における交雑の方向性の有無、遺伝子型の違いによる適応度の違いの3点について調べたところ、1)交雑個体の適応度は在来亜種より高いが雑種強勢は存在しない、2)繁殖行動において亜種間である程度の交配前隔離が存在、3)在来亜種の絶滅は交雑だけでなく、適応度において交雑個体と外来亜種に劣る事により生じる、4)遺伝子浸透は在来亜種の絶滅後も継続する、の4点が明らかとなった。これらの事から外来亜種の侵入による在来亜種の絶滅は、外来亜種の繁殖率の高さに加え、交雑個体における妊性の存在と適応度の高さが主な要因である事がわかった。ここで特記すべき点として、交雑の方向性の決定様式と遺伝子浸透の持続性が挙げられる。すなわち、バラタナゴ2亜種における交雑は個体数の偏りによる外来亜種における同系交配の障害により生じるが、交雑の方向性は従来言われてきた様な亜種間での雌雄の交配頻度の違いではなく、雑種と外来亜種の間の戻し交雑により生じ、この戻し交雑が遺伝子浸透を持続させる可能性が高い事である。今後の課題としては、野外個体群におけるミトコンドリアDNAの完全な置換といった遺伝子間での浸透様式の違いの解明が挙げられる。この問題の解明に当たっては進化モデルをベースとしたシミュレーションと飼育実験により、ゲノムレベルで適応度が遺伝子浸透に与える影響を考察する必要がある。
著者
片山 直樹 馬場 友希 大久保 悟
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.201, 2020 (Released:2020-12-24)
参考文献数
121
被引用文献数
4

水田の生物多様性に配慮した農法の実際の保全効果を明らかにするため、三種類のデータソースをもとに整理した:(1)農林水産省委託プロジェクトによる全国規模の調査結果、(2)農林水産省による環境保全型農業直接支払制度の事業効果測定調査結果、(3)既往学術文献。まず委託プロジェクトでは、全国規模の野外調査の結果、有機栽培が慣行栽培と比較して複数の分類群(植物、無脊椎動物、トノサマガエル属および水鳥類)の種数・個体数が多いことが明らかとなった。次に農林水産省の調査結果では、有機栽培、冬期湛水および総合的病害虫・雑草管理(IPM)の取組により無脊椎動物およびカエル類の個体数から計算される生物多様性スコアが増加することが明らかとなった。さらに、既往の学術文献のシステマティックレビューを行い、生物多様性に配慮した農法(有機栽培、冬期湛水、IPMを含む特別栽培、江の設置、休耕田ビオトープ、中干し延期、魚道の設置、畔の粗放的管理)の保全効果について、分類群ごとに知見を整理した。これら全ての知見の質・量および結果の一貫性に基づき、各農法の保全効果を4つの「信頼度」(十分確立している、確立しているが不完全、競合する解釈あり、検証不足)をつけて分類群ごとに評価した。その結果、保全効果は農法ごとに、また一つの農法でも分類群ごとに大きな差があり、結果の信頼度も多様であった。加えて、多くの研究事例が圃場1筆程度の小さな空間スケールでの評価であり、個体群・群集レベルでの保全効果を示唆する知見は非常に少なかった。これらの結果をもとに、今後の生物多様性保全に配慮した農業のあり方や研究の方向性について議論を行った。
著者
エヴァン P. エコノモ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.735-742, 2016 (Released:2016-12-28)

海外滞在は科学者としての人生とキャリアを成長・発展させる重要な期間となり得る。ある意味において科学者は世界中を自由に移動し活動できる存在でなくてはならない。なぜなら科学は境界を超える万国共通の探求活動だからである。しかし、アカデミアは文化と伝統に左右される人間活動で、それが移動を難しくすることがある。本論で私は、西洋アカデミアへの就職に興味があり、その座を勝ち取りたい日本人科学者に幾つかアドバイスしたい。国際的なトップジャーナルに論文掲載される素晴らしい研究を行うことは、もちろん科学者のキャリア向上のための最重要要素である。だが、対策が必要な二番目に重要な要素もある。すなわち日本の研究者にはたぶんあまり知られていない、西洋アカデミアの“暗黙の規則”である。これが日本研究者の潜在能力への足かせになっているかもしれない。ここではポジションの見つけ方、見込みのあるスーパーバイザーへのコンタクトの取り方、そして西洋アカデミア流の良い推薦状の書き方について論じる。
著者
粕谷 英一
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.179-185, 2015-07-30 (Released:2017-05-23)
参考文献数
6
被引用文献数
6

生態学におけるモデル選択の方法として広く使われている赤池情報量規準(AIC)について、真のモデルを特定するために使うことは本来の目的から離れていることを指摘し、サンプルサイズが大きくてもAIC最小という基準で真のモデルが選ばれない確率が無視し得ないほど大きいことを単純な数値例で示した。また、AICの値に閾値を設けて、AICの値が他のモデルより小さくしかも差の絶対値が閾値を越えているときのみにモデルを選ぶとしても、真のモデルが選ばれない確率が高いという問題点は解決されないことを示した。
著者
小沼 明弘 大久保 悟
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.217-226, 2015-11-30 (Released:2017-05-23)
参考文献数
28
被引用文献数
1

多くの植物は繁殖のための花粉の授受粉を動物による送粉に依存しており、農作物もまた例外では無い。近年、世界的なハナバチ類の減少による農業生産への悪影響が懸念される中で、送粉サービスが農業に対して提供する経済的価値への関心が高まっている。しかしながら、我が国においては、これまでセイヨウミツバチやマルハナバチのような飼養された送粉昆虫による送粉サービスの経済性評価のみで、野生送粉者による貢献は評価されていなかった。そこで我々は、飼養された送粉者と野生送粉者の両方を含む、我が国の農業分野に対する送粉サービス全体の推計を試みた。その結果、2013年時点の日本における送粉サービスの総額は約4700億円であり、これは日本の耕種農業産出額の8.3%に相当する。その内訳は、約1000億円がセイヨウミツバチ、53億円がマルハナバチそして3300億円の送粉サービスが野生送粉者によって提供されていた。送粉サービスへの依存度は作目毎に異なっているが、サービスへの依存度が高く産出額が大きいのはバラ科の果実、ウリ科およびナス科の果菜類であった。また、送粉サービスに対する依存度には地域的な偏りがあり、自治体毎に大きく異なっていた。最も依存度が高い県は耕種農業産出額の27%を送粉サービスに依存していた。我が国の農業全体を長期的に見た場合、送粉サービスへの依存度は増加する傾向にあり、その理由としてコメの生産額の減少と他作目への生産のシフトが考えられた。現在のような社会経済的な状況が継続した場合、我が国農業の送粉サービスへの依存度が今後も漸増することが示唆される。
著者
渡辺 勝敏
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.683-693, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
12

要旨: 現在、近畿地方に最後に残された絶滅危惧種アユモドキ(淡水魚)の生息地において、京都府と亀岡市によりサッカースタジアムを含む大規模な都市公園建設が計画されており、生物多様性および湿地生態系保全の観点から大きな問題となっている。アユモドキは国の天然記念物に指定され、種の保存法の指定種であるが、この計画は専門家や環境・文化財行政との協議を経ることなく、府・市の行政により決定されたものである。建設の決定後(2012年末)、府・市は環境保全対策のための専門家会議を立ち上げ、自然環境の基礎調査から始めたが、開始から2年半を経た2015年11月現在、環境影響評価の実施には至っていない。そのような中、計画発足からわずか4年後(現在6年後以降に延長;2018年以降)の完成を目指して、都市計画決定、用地買収、道路整備、一帯の営農放棄などが進行し、周辺の環境変化が大きく進んでいる。アユモドキは雨季の氾濫原を繁殖・初期生育に利用する東アジアモンスーン気候に典型的に適応した魚種であり、同様な湿地性動植物とともに、従来の水田営農とどうにか共存してきた。府・市は「共生ゾーン」とよぶ縮小された代替地の整備により保全に務めるとしているが、その実現性は日本生態学会をはじめ、多くの学術団体、自然保護団体等から疑問をもたれている。さらに治水、水道水源の問題、交通問題等、地域住民への悪影響に対する懸念もあり、建設場所の変更を含む計画の再検討が求められている。しかし、府知事や市長をはじめとする行政によるこの貴重な湿地生態系保全に対する認識は十分でなく、強い開発圧の中、環境保全において重要であるべき予防原則はないがしろにされてきた。その結果、たとえ開発計画が見直されても、自然環境およびそれを取り巻く社会状況は、すでに水田営農と共生した湿地生態系の保全を困難とする状況に陥っている。早急に周辺地域環境の保全等を含めた、包括的で永続的な保全方策を模索・構築しなければならない。
著者
菊地 賢
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.695-705, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
29

岐阜県中津川市千旦林地区に位置する「岩屋堂ハナノキ自生地」は、絶滅危惧種ハナノキの日本最大の自生地として知られ、湧水湿地を中心に種々の絶滅危惧種の生育が確認されている、生物多様性の保全上重要な自生地である。現在、この湧水湿地の近傍を通過する自動車専用道路(リニア接続道路)の建設が予定されており、湿地環境の影響が懸念されることから、日本生態学会自然保護委員会を含む複数団体が、ルート再考の要望書を提出している。文献や聞き取りによってハナノキ自生地周辺の歴史や伝統的土地利用形態を調べたところ、ハナノキ自生地付近が大規模な湧水湿地を水源に古来から営まれてきた千旦林村の枝村「岩屋堂」であったこと、そこには屋敷・田畑を森林が囲む伝統的里山景観が成立していたこと、湧水湿地と森林の伝統的里山管理を背景に、日本最大のハナノキ自生地が形成されたことが示唆された。リニア接続道路はこの岩屋堂集落の中心を通過し、分断する。そのためリニア接続道路の建設は景観の破壊や集落機能の低下を通じて里山管理を衰退させ、ハナノキ自生地の保全にも悪影響を及ぼすことが懸念される。本稿では、歴史生態学的見地から岩屋堂集落の伝統的土地利用およびハナノキ自生地の成立について考察するとともに、今後のハナノキ保全研究の課題についても考察したい。
著者
粕谷 英一
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.179-185, 2015-07-30

生態学におけるモデル選択の方法として広く使われている赤池情報量規準(AIC)について、真のモデルを特定するために使うことは本来の目的から離れていることを指摘し、サンプルサイズが大きくてもAIC最小という基準で真のモデルが選ばれない確率が無視し得ないほど大きいことを単純な数値例で示した。また、AICの値に閾値を設けて、AICの値が他のモデルより小さくしかも差の絶対値が閾値を越えているときのみにモデルを選ぶとしても、真のモデルが選ばれない確率が高いという問題点は解決されないことを示した。
著者
船越 公威
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.125-140, 1977
被引用文献数
1

Female P.jenynsii deposits prepupa on the host-roosting quarter except host-hibernating quarter. Intervals between depositions were about 5 days. Pupal period was about 20 days. Both the interval and period of prepupal deposition became shortened with the rise of experimental temperature. After the bat died away, the majority of flies also died within 24 hours. This indicates that blood-sucking is necessary at least once a day. Wintering flies sucked blood intermittently and lived for at least 4 months, but did not propagate. Average infestation number per host was 0.1-0.3 in winter and 0.2-0.7 in the other seasons. The low density per host throughout the year may primarily be due to host-predation and secondly due to density effect of fly. Periodic fluctuation of the average infestation number from April to September is largely caused by synchronization with the breeding cycles starting soon after awakening. The more bats grew, the more they were infested, its tendency being marked in adult females. Infestation degree corresponded presumably with the degree of hosts' activity at their roost. It was considered that specific and adaptive host-parasite relationship was ecologically influenced by duration of bats' roost utilization, activity at roost, size of cluster and flying pattern, together with the life history of flies.
著者
青山 夕貴子 吉村 正志 小笠原 昌子 諏訪部 真友子 エコノモ P. エヴァン
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.3-14, 2020 (Released:2020-05-21)
参考文献数
36

ハワイにヒアリSolenopsis invictaが侵入・定着した場合の経済的損失額を推定した既存文献をもとに、沖縄県にヒアリが侵入・蔓延した場合の経済的損失額を推定した。試算は、行政による根絶や分布拡大防止のための積極的な対策が行われず、ヒアリは沖縄県の生息可能な地域全域に拡大したと仮定して行った。その結果、市民生活や農業、インフラ整備、ゴルフ・リゾート等の娯楽に係る損害と、行政による最小限の対策費用を足し合わせた直接的な経済的損失は、約192億4,800万円と算出された。またヒアリによって阻害される、地域住民および旅行者による野外活動の経済的価値は、約246億1,000万円と算出された。合計で、年間の損失額は約438億5,800万円と推定された。本試算結果は、ヒアリ対策の必要性や予算を検討するにあたって、その経済的インパクトを評価する重要性を示すものである。ただし、日米間の社会構造の違いなどのため評価しきれなかった部分も多く、日本におけるより正確な被害額の推定のためにはさらなる精査が必要である。
著者
井村 隆介
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.66, no.3, pp.707-714, 2016 (Released:2016-12-28)
参考文献数
28

With 110 active volcanoes distributed over its narrow landmass, Japan is an unusual country. In particular, there are five major caldera volcanoes in southern Kyushu: Kakuto, Kobayashi, Aira, Ata, and Kikai, from north to south. A caldera is a volcanic depression formed by a large amount of magma erupting at the Earth’s surface. Caldera eruptions are extremely rare but catastrophic, with significant societal and environmental impacts. These types of volcanoes are also found around Tohoku and Hokkaido. Catastrophic eruptions have occurred approximately once every 10,000 years throughout Japan; the last eruption of this scale was the Kikai caldera eruption 7,300 years ago. The Japanese archipelago landscape, specifically in southern Kyushu, has likely been formed from the cycle of disturbance and regeneration caused by these eruptions.