- 著者
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鵜飼 建志
林 典雄
細居 雅敏
田中 幸彦
篠田 光俊
笠井 勉
- 出版者
- 公益社団法人日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement (ISSN:02893770)
- 巻号頁・発行日
- vol.2006, pp.C1331, 2007
【目的】<BR> 内側型野球肘における尺骨神経症状があるものは上腕三頭筋内側頭(以下MHTBとする)の圧痛やspasmを有するものが多く、MHTBのrelaxationやtransverse方向への柔軟性改善を主体とした運動療法により、順調な改善を示す例を数多く経験している。本報告の目的は、このような臨床経験から、MHTBが尺骨神経症状に対しどのような影響を及ぼしているのか、その発症メカニズムを考察することである。<BR><BR>【方法】<BR> 平成14年7月から平成18年10月までに当院を受診し、野球肘と診断されたケースの内、尺骨神経症状が主体であった16例を対象とした。<BR> 尺骨神経症状の判断基準は(1)Tinel sign陽性(2)尺骨神経の腫瘤(3)左右差のある尺骨神経の圧痛(4)尺骨神経領域におけるしびれ(5)尺骨神経伸張肢位での症状の再現(6)屈曲角度増大に伴う外反ストレス時痛増強(7)尺骨神経脱臼、の7項目の内3つ以上認めるものとし、その割合を検討した。<BR> またMHTBの尺骨神経症状への直接的な関与を確認する目的で、我々が考案したMHTB shifting test(以下MSTとする)を実施した。これはMHTBを徒手的に後外側へよけた際の外反ストレス時痛の変化をみるものである。<BR><BR>【結果】<BR> 尺骨神経症状判断基準(1)は16例(100%)、(2)は4例(25%)、(3)は16例(100%)、(4)は4例(25%)、(5)は6例(37.5%)、(6)は14例(87.5%)、(7)は9例(56.3%)であった。<BR> MSTでは13例で陰性化し、2例で軽減した。1例は変化がなかった。軽減にとどまった2例は改善に時間を要する傾向にあった。変化のなかった1例は初診時所見でMHTBの圧痛、spasmを認めなかった。<BR><BR>【考察】<BR> 投球時、肘は外反・屈曲強制を受けるが、MHTBはその制動に働くdynamic stabilizerとして重要である。投球動作の繰り返しによりMHTBに負荷がかかり、圧痛やspasmが生じる。その結果、MHTBの過緊張は尺骨神経を深部より押し上げ、浅層を走行するStruthers' arcadeに圧迫を生じさせる。加えて上腕内側を走行する尺骨神経はMHTBにより前方(腹側)に押し上げることで神経自体の緊張が高まり、尺骨神経溝との摩擦力も増大する。また、神経の緊張増大は尺骨神経脱臼の誘因となり、friction stressの増大を招く。また尺骨神経脱臼例では肘部管での尺骨神経過屈曲が生じ、肘部管症候群の引き金となる。以上のように、MHTBのspasmは尺骨神経に対し、圧迫、伸張などといった、神経症状誘発の根底となるrisk factorである可能性が高い。また、我々が考案したMSTは、MHTBによる尺骨神経への押し上げstressを、筋腹全体を後外側へshiftさせることで軽減させるテストである。尺骨神経症状におけるMHTBの関与を知る上で有用なテストであると思われた。