著者
山口 修
出版者
横浜国立大学
雑誌
横浜経営研究 (ISSN:03891712)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.35-58, 2004-12

2000(平成12)年度から退職給付の新しい会計基準が導入され,国際的な基準に準じたルールにもとづいて,退職一時金や企業年金の債務評価が実施されることになった.本稿は退職給付の新会計基準によって導入された債務評価について,その考え方や方法などを改めて考察したものである.わが国の退職給付に係る会計基準では,各々の退職給付制度の労働債権としての法的な位置付けの問題に立ち入ることなく,「退職給付は企業の債務である」という平板な認識からスタートしている.その上で,退職一時金や企業年金などの退職給付を包括的に把握し,統一的なルールによって会計処理して,財務諸表に表示するアプローチがとられた.その結果,退職給付の新会計基準は従来の会計の枠組みの延長線で捉えられ,法的な債務認識に基づく新たなフレームワークが必要であるという視点を決定的に欠くものになった.本稿ではわが国における退職給付制度の実態を直視し,即時支給型の制度を一旦据置給付型に変換することによって欧米各国との均衡を図った上で,議論を展開するという方法論を採っている.そして,そのような変換を行うことにより,わが国の退職給付制度が長期勤続優遇の,いわゆるバックローディング型だとする通説が必ずしも正しくないことを指摘している.さらに米国と異なり,わが国では取り消し得ない強い受給権の概念が法定されていない状況にあるが,法解釈的に受給権の種類を区分して,それに基づいて債務認識の問題を掘り下げ,受給権,期限付受給権,受給期待権などの権利の濃淡を勘案して,米国流のVBO, ABO, PBOに相当する債務概念の整理を行っている.その上で,支給倍率基準の配分算式の中に給付実行までの時間的距離(=据置期間)に対応する再評価率という概念を導入する方法によって,国際的なルールに反することなく自己都合要支給額が実はVBOに該当するものだという常識的な実感に即した結論に到達している.最後に,投資家に対する適切な情報提供と並んで,わが国の退職給付の実態を踏まえた上で債権者たる従業員の受給権保護を図るという枠組みにもとづき,新たな視点から退職給付会計の再検討を求めている.

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