著者
森谷 峰雄 森谷 美麗
出版者
佛教大学
雑誌
文学部論集 (ISSN:09189416)
巻号頁・発行日
vol.87, pp.103-116, 2003-03-01

ミルトンの「パラダイス・ロスト』を元に、音楽作品を創作した有名な作曲家としては、Haydn,Franz Joseph (1732 -1809)とPenderecki,Krzysztof (1933年,11月23日ポーランド生まれ)の2人が知られている。前者は、3人の独奏者、合唱、管弦楽のための壮大なオラトリオ『天地創造』 (Die Schopfung) を創作し、後者はオペラParadiseLost (1978)を創作した。ペンデレツキのオペラは、登場人物がミルトン、アダム、イプ、サタン、パールゼブプ、モレク、ベリアル、マモン、神の声、死、罪、イスエル、ラファエル、ゼフォン、ガプリエル、メシア、ミカエルの17名である。内容は、アダムとイプ及び神との聞の平和・和解を中心に原作ミルトンの『パラダイス・ロスト』の主要な内容の全篇にわたっている。他方、ハイドンの方は、ミルトンの『パラダイス・ロスト』の中の一部(PL,Book,VIIの天地創造とBook Vのアダムとイブの朝の祈りの部分)から抜粋されている。もっとも、ハイドン自身がミルトンのParadise Lost全篇を読んで知っていたかどうかは不明である-ドイツ語訳の『パラダイス・ロスト』が完成されるのは、19世紀中葉になってからである。両者を聴いて比較すると、ハイドンの持つ宗教的深み、神への荘厳な感謝の念はペンデレツキにはない。もちろん、ハイドンにはペンデレツキの持つポリリズム(多線リズム polyrhythm) はない。この問題はここでは触れない。さて、本研究はミルトンの『パラダイス・ロスト』全篇12巻を音楽化する意思がある。ここでいう「音楽化」とは、言語芸術(詩)である『パラダイス・ロスト』に流れている創造精神を作曲者の思いのままに自由に形式にこだわりなく、音響乃至音楽-最終的には交響曲-に変換することであって、詩に節をつけることではない。ここで言う「音楽化」とは、原作の創造精神の自由な音楽的再創造のことである。すなわち、言語芸術の音響的芸術変換を言う。筆者らはすでに、ミルトンの詩をそのままコンピューターミュージック化した『音響失楽園』を有している。この音楽を作曲者がその自らの創造力でピアノ音楽へと再創造する。それは、おそらく、カトリック的な雰囲気をもつグレゴリウス聖歌的な曲になるだろう。現在、しかし、論文の原稿の量の制限からも、その他の理由から現在はできない。そこで、本稿は、ハイドンにならい、ミルトンの『パラダイス・ロスト』の一部を抜粋してピアノ作品に表現したい。テーマは、ペンデレツキの趣旨に似通う、アダムとイプそして、人類と神との平和である。『広島の犠牲者のための哀歌』 (Threnody for the Victims of Hiroshima,1961)を作曲したペンデレツキが戦争のむごたらしさ、残酷さを知り、平和を欣求する精神に溢れているように、ミルトンの中にも平和を求める気持ちは人一倍であった。ここで、平和というのは、事実としての戦争がない状態をいうのではなく、神・創造主とのつながりを得ている状態を言うのである。本稿は、ペンデレツキも着目した平和、人間と神との平和-これをへプライ語ではヒトラツァ(hitratstsa)という-の精神を与えられたアダムとイプが、心に真の平和を得て、楽園を去っていくまでを音楽化したものである。このピアノ作品は、Paradise Lost,Book IX,1134からBook XII,649までを音楽化したものである。イスラエルは、ミルトンの精神の中心思想を生んだ故郷である。しかるに、イスラエルは今日では世界で最も悲惨な国となった。この国においてほど、このヒトラツァが今や必要とされるところはない、と思われる。この曲はこの意味で、この国に捧げられてもよいのである。かつて、へブライ大学のトルーマン平和推進研究所(The Harry S. Truman Research Institute for the Advancement of Peace) の研究員(senior fellow) であった筆者には特別の思いが、この言葉ヒトラツァ(hitratstsa)にはある。なお、個人的なことで恐縮であるが、この言葉を教示してくださり、この曲についてもご配慮していただいたモーシェ・マオズ(Dr. Moshe Ma'oz)前研究所所長の思い出と共に、この曲を発表することができて嬉しい。本文の解説は森谷峰雄、作曲は森谷美麗が担当した。なお、この解説文をご高閲の上、筆者のあらぬ間違いをご指摘して下さった京都芸術大学教授龍村あや子氏に筆者は感謝の涙をした。

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こんな論文どうですか? ミルトンの『失楽園』に基づくピアノ曲 : ヒトラツァ(和解)の部分の音楽表現(森谷 峰雄ほか),2003 https://t.co/SA2NafaRrs
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