著者
輪倉 一広
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.82, no.1, pp.119-142, 2008-06-30

岩下壮一(一八八九-一九四〇)はカトリック思想家であり、一九三〇年からl九四〇年までの約一〇年間へ神山復生病院の第六代院長(邦人初)として救癩事業に従事した。本稿は、患者と国民国家との関係をおもに権力論でとらえた既往の近代日本救癩史研究の知見を踏まえつつも、その副次的な位置にある患者の日常生活における直接的で対他的な関係史の視座から、岩下に投影された患者像を探ろうとしたものである。岩下は、恩師ヒューゲルが示した対立概念の相関的把握という中世哲学がもつパースペクティヴの有用性を、全体主義が強まる一九三〇年代の現実社会の中で検証しようとしたのである。つまり、「癩」ゆえに喪失した患者の<主体>を再生させるべく、患者の主体形成の観点-すなわちへ自ら宗教的・倫理的に<内的権威>をつくること-から患者-国民国家の関係を根拠づける哲学を構築していったのである。それゆえ、岩下を再評価すれば、国家主義的な救癩政策に加担していたとする従来の評価は妥当ではないといえよう。

言及状況

Twitter (1 users, 1 posts, 0 favorites)

収集済み URL リスト