著者
小谷 幸雄
出版者
日本印度学仏教学会
雑誌
印度學佛教學研究 (ISSN:00194344)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.1293-1299, 2009-03-25

本稿は昭和前半期における二人の人物による佛教とゲーテの,二重義の比較文化研究である.B.ペッツオルト教授(元一高)・元天台宗大僧都(1873-1949)にとつてヨハネの福音書に影響されたゲーテにはキリストは「宇宙の眞理の總括」であつた.一方,粹人求道の民間學者・富永半次郎(1883-1965)は宇宙の中の人間の在り方と日本人としての在り方との調和を目指して古今東西の典據を模索する.その途上で『法華經』の<一>に遭遇するも,羅什譯に慊らず梵文原典からゲーテ形態・發生學の方法でそれの原型を摘出したのが自稱「根本法華」である.同教授はゲーテの<原現象>を眞言のマンダラに,<兩極性>・<高昇>は,『大乗起信論』にそれぞれ親縁であるとし,華嚴・天台の眞如・無明の不二一元形而上學の前段階であるとする.自著『ゲーテと大乗佛教』の中の『ファウスト』書齋の場での主人公による『ヨハネ傳』冒頭の<Logos>の譯語<行爲>を,教授は<無明-行>と對比する.教授が板書した「天上の序言」の「人間は努力する限り迷ふ」と,人間理性の濫用へのメフィストの椰揄を早くから好んで引用した富永は其の「自我錯覺のサンカーラが正に五執蘊の正體」とする一方,サンカーラの圓熟・徹底・正観こそがrddhyabhisamskara(「サンスカーラの完成」・法華涌出品;cf.羅什譯<神通力>)であり,更に釋尊末語のvaya-dhamma samkhra(譯ナシcf.傳統解:<諸行無常>)である,として後者を多年無言念稱により實習し,四十五年を距てるガヤー正覺とチャーパーラー正覺のそれぞれの心理過程を文學化した.富永老師による,今日まで問題にされて來なかったゲーテ最晩年の不安・『ファウスト』創作頓挫と打開・成功の經緯(『釋迦佛陀本紀余論』)の紹介解説は次回に讓る.

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