- 著者
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西村 玲
- 出版者
- 日本宗教学会
- 雑誌
- 宗教研究 (ISSN:03873293)
- 巻号頁・発行日
- vol.84, no.3, pp.661-681, 2010
中国におけるキリスト教布教は、イエズス会によって十六世紀末に始まった。十七世紀初頭に出版されたマテオ・リッチの教理書『天主実義』において、天主は無始無終の存在であり、万物の根源とされた。これに対して、明末高僧の雲棲〓宏は、天主は万億の神々の一人に過ぎず、抽象的な理でしかない、と批判した。次世代にあたる臨済禅僧の密雲円悟は、自己内心の普遍性である大道を主張し、弟子の費隠通容は大道の世界観を論じる。通容は、大道は虚空のように万物を包含すると同時に内在しており、悟りの有無にかかわらず天地と自己は本来的に一体であるとした。〓宏から通容までの天主批判は、仏者が異質な教えであるキリスト教に出会うことによって、仏教にとっての普遍性と世界観を自覚し、表現していった過程とみることができる。それは唯一絶対の他者である天主を踏切板として、遍在する虚空の大道が普遍として定義され、天主に対置されていく思想的道筋であった。