- 著者
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田口 知弘
- 出版者
- 朝日大学
- 雑誌
- 朝日大学一般教育紀要 (ISSN:13413589)
- 巻号頁・発行日
- no.36, pp.1-14, 2011-01-31
それぞれの言語圏にはそれぞれの価値観や物の見方・考え方が含有し、異なった言語観が背景にある。そこには国民性、地域色、同属性が根付いている。スウェーデンの〈オムソーリ(悲しみを分かち合う)〉など国民性が持つ価値観が生活の原点に生きている。市民生活を左右する言葉がその集団の文化と慣習の中に垣間見ることができる。さらに言語使用を掘り下げて考えると、結論から導く英語圏論法、プロセスからのドイツ語圏論法など、言語領域によって結論の導き方に差異がある。物事の決着方法や解決手段は様々であり、国民性に依拠するところが大きい。日本語は周囲の人々に配慮した感受性の高い言語である。英語圏の中にあって、日本的な寡黙さや謙虚さはあくまで日本的価値観であって、外国では日本的美徳は打ち消されてしまう。従って、日本語を話している時の人間的気質と英語を話している時の人間的気質が異なっている。自己責任社会であるアメリカでは対応の仕方も異なり、責任の取り方も大きく異なっている。日本語社会は目上に向かって反論したり異議をとなえるとぎくしゃくする要因になる。人が言葉によって周囲と馴染まないと人間関係がうまくいかず、集団枠からはずれてしまう。ドイツはアメリカと同じように移民族国家になりつつある。移住者が多くなってくると、多民族国家間にあるメンタリティの壁を越えるには、言葉の明白さがより一層必要とされるのである。