著者
大越 愛子
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.28-36, 2011

戦争や武力紛争時に生じる性暴力に関しては、多くの論ずべきテーマがあろう。本論考では、この性差別的世界で、長い間沈黙を強いられ、スティグマ化されてきたが、ついに20世紀末に、彼女たちの経験してきた苦悩と加害者への怒りを語ることを決意されたサバイバーたちの観点に、焦点を当てたい。私は20年前、最初にカムアウトされ、日本軍と兵士たちを厳しく告発された、いわゆる日本軍「慰安婦」制度のサバイバー金学順の証言を忘れることはできない。特に、彼女がその惨めな生活のために「女の歓び」を奪われたと話されたことに衝撃を受けた。私はこの証言は、性暴力の核心をつくと考え、それを論じたが、今から思えば不十分なものであったと思う。これに関して、ポストコロニアル・フェミニスト岡真理から、そうした証言が「男性中心的な性表現」でなされることの矛盾を指摘された。だが私の意図は、サバイバーが性的主体として立ちあらわれ、発話されたことの衝撃を伝えることにあったのだと、当論文で改めて主張したい。サバイバー証言をいかに聞き取るかを考えるためにも、この種の議論は重要だろう。さらに、こうしたサバイバーたちの証言への応答責任として開催された日本軍性奴隷制を裁く「女性国際戦犯法廷」の意義を論じたい。これは近代の戦争と軍事システムという構造的暴力を裁く画期的な試みである。しかしこの「法廷」は、日本政府や少なからぬ論者によっても無視され続けてきた。10年経った現在、この「法廷」を受け継ぐ試みが新たに起こりつつある。構造的暴力と闘い続けるという倫理的責任が、私たちにいっそう強く求められているということだろう。

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