著者
金 明秀
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.36-53, 2015-06-25 (Released:2017-09-22)
被引用文献数
1

近年、日本でもマイノリティへのヘイトスピーチなどを特徴とする極右運動が問題視されるようになったが、それを下支えする社会的態度だと考えられている排外主義について、計量的なアプローチを用いて規定要因を探索的に特定することが本稿の目的である。データは2012年に「外国人集住都市会議」に加盟する自治体の有権者を対象に郵送法によって実施された調査である。分析モデルを構築するにあたっては、多数の態度概念を媒介させることで、社会構造上の位置をあらわす変数と従属変数の共変関係の「意味」を精緻に特定する社会意識論のフレームを用いた。分析の結果、次の3点が明らかになった。すなわち、(1)排外主義の形成に直接作用する社会構造変数はみられず、社会意識が媒介するかたちで排外主義が変動する、(2)排外主義を直接的に押し上げる最大の要因は同化主義である。同化主義は年齢が高いほど強い、(3)排外主義を直接的に抑制する要因は一般的信頼である。一般的信頼は社会的ネットワークの幅が広いほど高く、社会的ネットワークの幅は教育達成が高いほど広い。以上の発見に基づいて、社会全体の統合や秩序を毀損する排外主義を抑制するためには、「多文化関係資源」とでも呼びうる希少資源が重要であること、また、「多文化関係資源」の価値を再評価し、資源を再生産するシステマティックな取り組みが必要であることを論じた。
著者
太郎丸 博
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.52-59, 2010-05-29

本稿では、まず日本では数理社会学が不人気である事実を確認し、その理由を説明する仮説として、リベラル仮説と伝統的公共性仮説を検討する。リベラル仮説によると、社会学者の多くはリベラルであるが、マイノリテイの生活世界を描くことを通して、抑圧の実態を告発し、受苦への共感を誘う戦略がしばしばとられる。そのため、社会学者の多くは抽象的で単純化された議論を嫌う。そのことが数理社会学の忌避につながる。伝統的公共性仮説によると、日本の社会学では伝統的公共社会学が主流であるが、伝統的公共性の領域では、厳密だが煩雑な論理よりも、多少暖昧でもわかりやすいストーリーが好まれる。それが数理社会学の忌避につながる。このような数理社会学の忌避の原因はプロ社会学の衰退の原因でもあり、プロ社会学の衰退は、リベラルと伝統的公共社会学の基盤をも掘り崩すものである。それゆえ、数理社会学を中心としたプロ社会学の再生こそ日本の社会学の重要な課題なのである。
著者
杉本 厚夫
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.69-76, 2006

阪神タイガースは兵庫県に本拠地(甲子園球場)を置きながらも、大阪という地域アイデンティティを強く持っている不思議なチームである。また、2004年は4位であったにも拘らず、甲子園球場には延べ350万人もの観客動員数があったという。そこで、本稿は阪神タイガースファンの応援行動から、その背景にある大阪文化を逆照射してみたい。ジェット風船を飛ばしたり、メガホンを打ち鳴らしたり、応援のパフォーマンスを持った観客は、観ることから参加することへと変容した。この「ノリ」のよさは、大阪の「いちびり」文化を基盤としている。タイガースファンにとっては勝ち負けより、興奮できるゲームだったかが大切である。つまり、見る値打ちがあるかどうかで判断し、面白い試合だったら「もと」が取れたと言う。興奮するという「感情」を「勘定」に読み替える大阪商人の文化が息づいている。法被を着ることで、応援グッズを持つことで、仲間であることを表明した途端に一体感が生まれる。相手と一体化する「じぶん」の大阪文化を、甲子園球場という祝祭空間で体感することで、人々は都市の孤立感から救われる。六甲おろし(タイガースの応援歌)やそれぞれの選手の応援歌は、ただ単に観客を煽るだけではなく、同時に観客を鎮める働きを持っている。そこには、「つかみ」と「おち」の上方のお笑い文化が潜んでいる。
著者
福原 宏幸
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.10, pp.62-75, 2011-06-30

2009年、連合と連合総研は、深刻化するワーキングプア問題の解決をめざしてワーキングプア調査チームを組織し、実態調査を行った。それにより、以下の結論を得た。ワーキングプアの15歳のころの生活状況を調べると、貧困と不安定な家庭環境のもとで、家族とのつながりの希薄化、学校社会への中途半端な接合、低学歴に追いやられ、「社会化」が十分に達成できていない者が多くいた。また、労働世界におけるワーキングプアの仕事の周縁性や雇用の不安定さは、職場への接合の不確かさをもたらしている。その結果、職場組織だけでなく、家族、友人・知人、地域社会などとのつながりの希薄化がみられ、場合によっては精神疾患を患う者もいた。さらに、継続雇用と一時的失業を前提に設計された雇用保険などの社会保障制度から多くのワーキングプアが排除されている。同時に、これらの排除状況に対して、自らの思いや要求を発言する機会や場そのものが奪われていることもわかった。これらのことから、ワーキングプア問題は、子ども期の貧困と社会からの排除と深く結び付いていることが導き出された。また、この問題は、日本社会のメインストリームを形成している企業社会の論理やそれを前提とした社会保障制度からの排除と深く結び付いていることもわかった。すなわち、ワーキングプア問題は、日本の社会のあり方、とりわけ労働における差別と排除の最も深刻な問題であるといえよう。
著者
富永 京子
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.12, pp.17-30, 2013-05-18

本研究は、グローバルな社会運動において運動体間の連携がどのように行われるのかを問う。先行研究は「社会問題の被害者=主要従事者」「被害者以外の人々=支援者」と定義して分析を行うが、グローバルな社会運動は被害者と加害者の境界が曖昧であるために、主要従事者と支援者を判別することが困難である。本稿はサミット抗議行動を事例とし、グローバルな運動の中で主要な運動従事者が決定される過程と、運動主体間におけるレパートリーの伝達過程を分析することにより、グローバルな社会運動における運動体間の連携のあり方を考察する。具体的には、サミット抗議行動においてレパートリーの伝達がいかになされたかを参加者50名の聞き取りデータを基に検討する。分析の結果、本運動の主要従事者はサミット抗議行動が行われる地域で普段から活動する人々であり、レパートリーは毎回の抗議行動と同様に定例化・定期化されて行われる。しかし、主要従事者は定例化されたレパートリーを義務的に行う一方、設営や資源調達といった場面で自らの政治主張や理念を反映させることがわかる。グローバルな運動における運動体の連携に関する結論として、第一に、「場所」が主たる運動従事者を決定する要素となり、第二にレパートリー伝達をめぐって「前例」が大きな役割を果たしており、第三に主要な従事者は表立ったレパートリーだけでなく資源調達によって政治的主張を行うことが明らかになる。
著者
桶川 泰
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.6, pp.93-104, 2007-05-26

恋愛を礼賛する声は明治初期において芽生え、大正期においてより一層勢いを持ち、花が開くようになった。ただよく知られているように、大正期では個人の自由な配偶者選択すら認められていない現実が存在していた。それでは、当時の社会において恋愛は如何にして既存の秩序に訓化させられていたのだろうか。本稿では、恋愛が礼賛されると同時に、既存の秩序との調和を取るのに適した恋愛観・結婚観が大正期、もしくはその次の時代の昭和初期に如何なる形で存在していたのかを分析することでそれらの「問い」を解き明かそうとした。分析の結果、恋愛の情熱的な側面を盲目的なものとして批判し、危険視していく「情熱=衝動的恋愛観」言説を中心にして、恋愛が既存の秩序に訓化させられていた。そうした恋愛観は、まず恋愛には理性が必要であることを強調し、そしてその理性的判断のためには両親の意見や承認が必要であるという論理を生み出していった。またその一方で、そうした恋愛観は一時的な情緒的満足や快楽によって成り立つ恋愛を否定し、恋愛は子孫、民族のために費やさなければならないという論理を生み出すことで「優生結婚」とも結びつきを見せるようになった。
著者
平本 毅
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.13, pp.18-31, 2014-05-31

近年、サードセクターに属する市民団体への社会的な期待が高まるにつれ、NPOの数が増加している。NPO/非NPOの境界は曖昧だが、本稿ではこれを研究者にとっての定義上の問題と考えるのではなく、当事者にとっての実際的な問題として捉える。このことを考える際に、「志縁」組織として特徴づけられるNPOの、活動の現場における「志」をめぐる組織成員の相互交渉のあり方が注目されるが、これまでのNPO研究は組織活動の現場での、組織成員自身にとっての「志」のあり方を、少なくとも正面からは取り上げてこなかった。そのため本稿では小規模なNPO法人Yの事務局会議および理事会の録画データを使った会話分析から、組織成員が「志」として理解可能な事柄が相互行為の中で可視化され、それにより組織のNPOとしての性質が焦点化される「やり方」を記述する。調査の結果、次の事柄が明らかになった。1)「志」は、ランダムにあらわれるわけではない。2)「志」は、議論へのガバナンスの視点の導入を経由して可視化される。3)そのガバナンス上の意見を「正当化」するものとして「志」が使われる。4)意思決定上の具体的な意見に乗せられ、反論-再反論といった意見交換の中で示しあわれることによって、「志」は組織成員間で交渉される。これらの結果は、組織を特徴づけるものとしての「志」の性質にNPOの組織成員が志向していることを示す。
著者
谷本 奈穂
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.3-14, 2017 (Released:2018-06-13)
参考文献数
29

美容整形は「劣等感」や「他者に対するアピール」のために行われると信じられてきたが、むしろ実践者たちは「自己満足」を最も重視する。ただし同時に、「他者」による外見の評価を気にしてもいた。先行研究では、この他者を「異性」や、より一般的な「社会」(一般化された他者)と措定し、日常生活において「具体的に誰なのか」は見落としてきた。そこで、本論は、美容整形希望者・実践者が外見について準拠する「具体的な他者」を明らかにすることを試みる。なお、先行研究では実践者の「動機」に注目されがちだったが、本稿では実践者たちの「コミュニケーション」のレベルに注目した分析を行う。さらに先行研究の調査は、美容整形経験者だけを対象としたものが主だが、本論では実践者へのインタビューを行いつつも、希望者/非希望者や、あるいは経験者/非経験者の比較分析も行う。実際に「美容整形経験と何が結びつくか」は、両者の比較をしてこそ見出しうるからだ。さて分析から明らかになったのは、希望者・実践者が重視する他者とは、第一に「同性友人」であり、次いで「母」や「姉妹」であることだ。美容整形にコミットするのは男性より女性が多いことを踏まえるなら、「女性同士のネットワーク」が重要であるともいえる。女性にとって、異性や社会(一般化された他者)ではなく、「身近にいる同性」とのコミュニケーションの中に、外見を変える「地平」が成立しているのである。
著者
松岡 慧祐
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.12, pp.3-16, 2013-05-18

地図は、近代的な世界や国家のイメージ、あるいは断片的でパーソナルな「道しるべ」としての役割だけでなく、流動化する「地域」のイメージを実体化するうえで重要な地域メディアとしての役割を担うようになってきている。それは行政上の「境界」にもとづいて地域を均質に区分する制度的な<地図>とは異なり、特定の主題に沿って選択された事物(地域資源など)の「分布」を一覧化することによって、かならずしも行政区画に縛られない多様な地域像をデザインする<マップ>として概念化することができる。現代社会では、このような方法で複雑性を縮減し、単層的な<地図>だけでは描きつくせない「(地域)社会」を多層的に表現しうる<マップ>の想像力が必要とされており、それによって人びとの社会認識は補完的に再構築されていくのである。そして、かつては専門化された事業や業務という意味合いの強かった地図づくりという営みは、このような<マップ>という自由度の高い表現様式を通じて民主化され、それはしばしば草の根の市民活動をとおして共同的に制作されるようになっている。こうして<マップ>は人びとの社会的な実践とむすびつくことで、オルタナティブな空間表現としてだけでなく、地域におけるコミュニケーションやネットワークを媒介するメディアとしての可能性を開き、地図の新たな社会性を浮き上がらせているのである。
著者
池本 淳一
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.75-87, 2010-05-29 (Released:2017-09-22)

武術学校とはスポーツ化した中国武術である「競技武術」の専門課程をもつ私立体育学校である。その特徴として、その多くが都市にあるにもかかわらず、生徒の多くが小学校時代に農村の公立校から転入学してきている点があげられる。本論の目的は、この都市における武術文化と農民層との結びつきを明らかにすることで、中国における「スポーツと社会階層」の結びつきの一例を示すとともに、この結びつきを生み出した中国の社会構造を浮き彫りにすることである。具体的には以下の内容を明らかにした。第1に、武術学校はスポーツを通じた中等学歴の取得を可能にする場となっていた。第2に、武術学校は衛生的で安全な寄宿舎が完備されていた。この寄宿舎は、農村から子どもを連れて都市へ出稼ぎにきたものの、低賃金・長時間の労働に従事しているために、安全で清潔な住環境や子どもの世話を見る時間を確保できない農民工家庭の児童にとって、都市の「滞在先」として利用されていた。第3に、武術学校は農村の小学校や都市の民営校である民工子弟学校と比べて、充実した教育環境にあった。それゆえ都市に連れ出したものの、制度的・経済的・学力的な理由により都市の公立学校に転校できなかった児童にとって、そこは最適な都市の「転校先」の1つとなっていた。最後に、これらの結びつきを生み出した中国の社会構造と、その構造を生み出した戸籍制度について指摘した。
著者
鎌田 大資
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.7, pp.114-125, 2008-05-24

初期シカゴ学派の社会学者たちは19世紀から20世紀の変わり目に、世界ではじめて大学での社会学の制度化を勝ちとった。彼らの営みを画期としてその前後で社会学における実証主義的な知の生産と蓄積、すなわち社会調査に向かう体制の変遷が認められる。19世紀中盤の社会学の発祥以来、総合哲学の頂点に冠せられる社会学という位置づけが生まれ、1892年開設のシカゴ大学に社会学が設置されてしばらくは同じ形での模索がつづく。そしてパークとバージェスが協同した学生指導により、また『科学としての社会学入門』(1921)での移民周期説、『都市』(1925)での同心円理論、自然地域概念などから枠組みを得て、1925年ごろには一定の基準のもとに都市シカゴに関する社会調査の知見を蓄積する調査研究体制が整備される。だがやがて初期シカゴ学派の凋落に伴い、量的社会心理学のサーベイ調査を主流にすえながら傍流として質的社会調査も継続される、量的、質的という二極分化をともなった現行の調査研究体制の祖形が成立した。本稿では、シカゴにおける都市社会学の形成に大きく貢献しながら、主流派の量的社会心理学への移行にも努力したバージェスの活動を取りあげ、今後、質的、量的調査の設計や知見について考察するためのインプリケーションを探る。
著者
岡 京子
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.8, pp.92-104, 2009-05-23

日本における高齢者介護施設では「全人的介護」という理念の導入、さらに公的介護保険制度開始による市場化の流れによって脱アサイラム化が図られることとなった。新しい介護理念と市場論理という2つの相反する要求の狭間に立たされたケアワーカーの労働は、措置時代の大規模処遇における労働に比べ、大さく変化していることが予測される。今回、高所得者が入居し職員から「VIPユニット」とよばれているユニットケアの場において参与観察を行いA.R.ホックシールドが見出した「感情労働」の観点からケアワーカーの労働を考察した。その結果、利用者の生活においては、かつてみられたようなアサイラム的状況が薄まり、利用者が人として尊重される部分のみならずケアワーカーと利用者のせめぎあいの場面の誕生という側面があるという事実が見出された。そしてケアワーカーの労働においては、利用者個々の自尊心を支え、かつ利用者間の関係を調整するために、またユニットの統制をとるためにも、自己の感情管理と同時に他者の感情管理技能としての「気づかい」が相即的になされている事実が見出された。
著者
平井 太規
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.31-42, 2013-05-18 (Released:2017-09-22)

「第2の人口転換論」は「家族形成の脱標準化」や「社会的背景の変容」をも含意する。単に出生率が人口置換水準以下に低下しているだけでなく、多様な家族形成やその背景に家族観や価値観などの個人主義化が見られる状態を「第2の人口転換」と定義できる。こうした現象が東アジアにおいても生じているかの検証をする必要性が論じられてきたが、これに応えうる研究は少なかった。そこで本稿では、低出生率化している日本・台湾・韓国を対象にNFRJ-S01、TSCS-2006、KGSS-2006のデータを用いて、既婚カップルの出生動向、とりわけ子どもの性別選好の観点から、「家族形成の脱標準化」を検証した。分析対象は、「第2の人口転換」期(とされている年代)が家族形成期に該当する結婚コーホートである。このコーホートとそれ以前の世代の出生動向の持続と変容を分析した。その結果、日本ではバランス型選好から女児選好に移行し、確かに「家族形成の脱標準化」は見られるものの多様化までには至らず、台湾と韓国では男児選好が一貫して持続しており、「家族形成の脱標準化」は生じていないことが明らかになった。したがって東アジアにおいては、ヨーロッパと同様に低出生率化の傾向を確認できても「第2の人口転換論」が提示するような変容は見られない。
著者
大澤 真幸
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.25-39, 2006

「オタク」と呼ばれる若者たちが、日本社会に登場したのは、1980年代の初頭であった。本稿の目的は、オタクが、いかに謎に満ちた現象であるかを示すことにある。オタクとは何か?オタクは、それぞれが関心を有する主題領域についての「意味の重みと情報の密度の著しいギャップ」によって、伝統的な趣味人や専門家からは明確に区別される。われわれは、オタクについての通念に反する4つの逆説を提示する。(1)オタクは、それぞれがコミットするきわめて特殊な主題にしか興味をもたない、と言われる。これは、事実だが、オタクの生成過程・発展過程の観察から、われわれは次のような仮説を導出する。すなわち、オタクが特殊な領域にしか興味をもたないのは、まさにその特殊な領域に普遍的世界が圧縮されて表現されているからである、と。(2)オタクは、現実をも虚構と本質的には異ならない意味的な構築物と見なすような、アイロニカルな相対主義者である。オタクは、意識のレベルでは、虚構の対象に対して、このようにアイロニカルな距離を保ちながら、反対に、行動のレベルでは、その同じ対象に徹底して没入してもいる。こうした意識と行動の間の逆立が、またオタクを特徴づける。(3)オタクは、他者との接触を回避する非社会性によって特徴づけられる。が、同時に、オタクは、他者を希求し、連帯を求めてもいる。オタクの主題領域に見出された逆説(普遍性の特殊性への反転)に対応した両義性が、対他関係にも見出されるのだ。すなわち、オタクにあっては、他者性への欲求が、他者性の否定(類似性への欲求)へと裏返るのである。(4)他者性への関心は、身体への関心としばしば並行している。身体の活動性の低下は、オタクの特徴である。だが、他方で、身体の活動性を上げることへの、つまり身体の直接性への関心もまた、現在の若者たちの特徴である。身体に関しても、背反するベクトルが共存している。以上のような逆説が、なぜ出現するのか。オタクを視野に収めた、社会学的な若者論は、これを説明できなくてはならない。
著者
田崎 俊之
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.8, pp.105-119, 2009-05-23

現在、日本酒製造の担い手は季節労働者(杜氏や蔵人)から社員技術者へ転換してきている。本稿では、京都市伏見の日本酒メーカーに勤める酒造技術者へのインタビューを通して、彼らがどのようなつながりのなかで技術の習得や継承を行なっているのかを明らかにし、伝統的な杜氏制度と社員体制との間の連続性と変化について検討する。また、分析に際しては実践コミュニティ概念を手がかりとすることで、フォーマルな組織の枠をこえた技術者仲間のつながりを把捉するよう努めた。社員技術者らは、日本酒メーカーの社員であるとともに、技術者たちが形成する企業横断型の実践コミュニティにも参加している。つまり、日本酒製造の担い手が企業に内部化されても、なお企業の内部では完結しない集合的な酒造技術の習得過程が存在している。他方で、社員技術者らの実践は個人的なつながりを基盤とした相互交流へと深化していた。これは、彼らが勤務先である日本酒メーカーをはじめ、技術者の団体やインフォーマル・グループなど複数の所属性をもつことによる。企業横断型の実践コミュニティは日本酒メーカーが当然求めるべき「企業の利益」と産地内での協調という「共同の利益」の両立にせまられており、社員技術者らは相互交流の複数の位相を用いることでこれを可能にしている。
著者
善積 京子
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.4, pp.66-74, 2005-05-28

近代婚姻制度では、婚姻と性と生殖の〈三位一体〉制度がとられ、子どもを産み・育てるという再生産機能は婚姻内だけに期待され、親子関係は婚姻関係と結びつけられ、嫡出推定によって法的な父親が定められる。先進諸外国では近年、同棲・婚外出産・離婚・ひとり親家庭や再婚家庭が増え、人間の再生産機能は婚姻家族だけでなく多様な形態の家族によって遂行されるようになる。子どもの人権尊重やライフスタイルへの中立性の視点から、家族法が改正され、「嫡出・非嫡出子」の概念が取り除かれ、「嫡出推定」「嫡出否認」の制度は廃止される。親の婚姻関係を超えて父子関係が形成され、離婚後も共同親権が認められる。一方日本においては、婚前の性関係は一般的になるものの、嫡出性の規範が支持され、「婚姻-生殖」の結合関係が維持される。日本では、法的親子関係がいかに婚姻制度を軸にして展開されているかを、親の婚姻関係の有無で異なる父子関係の形成、嫡出推定の排除方法、国際婚外子の国籍、非婚の父の出生届、離婚後の単独親権や養育責任追及制度から検討し、その問題点を明かにする。
著者
入江 由規
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.13, pp.58-70, 2014-05-31

本稿の目的は、なぜ、アニメやゲーム、コミックの舞台を訪れる「聖地巡礼者」が、これまで「変わり者」と見なされることの多かった、アニメやゲーム、コミックを愛好するオタクであるにもかかわらず、それらに必ずしも関心のある訳ではない、作品の舞台となった町の住民や商店主らにとっての「ゲスト」へと変貌を遂げたかを分析することにある。オタクの対人関係は、これまで、趣味や価値観を共有する人とだけ交流する、閉鎖的な人間関係を築くものと捉えられることが多かった。だが、聖地巡礼者は、アニメやゲーム、コミックを愛好するオタクであるにもかかわらず、作品の舞台となった町に住む住民や商店主と交流を図り、時に作品を活かした町おこしを模索する企業人や研究者とも、共同でイベントを開催する関係を築いている。このことは、これまでのオタク研究では捨象されてきた、オタクの新たなコミュニケーションの実態を表していた。上記の目的に基づき、本稿では、アニメ作品の舞台を旅する「アニメ聖地巡礼者」に聞き取り調査を行った。その結果、彼らは、住民への挨拶といった礼儀を大切にし、商店主や企業人、研究者からの依頼を、物質的な見返りを求めることなく、自分たちが好きな作品で町おこしが行われるからという理由で最後までやり遂げることで、住民や商店主、企業人や研究者から信頼を得て、「ゲスト」へと変貌を遂げたことが分かった。
著者
トイボネン トゥーッカ 山本 耕平
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
no.13, pp.102-110, 2014-05-31

社会起業および社会イノベーションという概念は、この20年間で、新たな実践と研究の領域を切り開いてきた。しかし、社会起業家の社会イノベーションの事例などについては研究が蓄積されてきた一方で、起業家の恊働については十分な研究がなされていない。そこで本稿では、この側面をより体系的に探究するための、柔軟な枠組みを構築することを目指す。社会起業という領域における恊働は、いわゆる社会イノベーション・コミュニティー-恊働を可能にする物理的環境およびインターネット環境に加えて、社会起業の文化によって動かされる混合体-という文脈で展開されるようになっている。いまやこうしたコミュニティーは世界中で生まれているが、これはさらに、当初の恊働関係を超えてより広範な社会イノベーションの「回路をつなぎ換える」ような、恊働体(collaborative community)と見なせるだろう。社会イノベーション・コミュニティーは、多様な参与者を取り込み、学習と創造能力の向上を促進することで、創意にあふれ、かつ持続可能な経済への転換を触発するようになっている。こうしたコミュニティーや、それがもたらすイノベーションのプロセスおよび影響にかんするさらなる研究においては、社会ネットワーク分析、社会関係資本の理論、エスノグラフィーといった多様なアプローチが実り多い成果を生むと思われる。
著者
金 瑛
出版者
関西社会学会
雑誌
フォーラム現代社会学 (ISSN:13474057)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.3-14, 2012-05-26 (Released:2017-09-22)

本稿の目的は、アルヴァックスの集合的記憶概念を再考することにある。そこでまず行なったのが、アルヴァックスによる記憶(mémoire)と想い出(souvenir)の区別、集合的記憶と歴史の区別を検討することで、集合的記憶を定義し直すことである。集合的記憶は、時間的な連続性の流れとして定義され、言語活動・時間・空間という「枠組み」によって構成される。本稿では、従来あまり注目されてこなかった「環境(milieu)」という概念に着目することで、時間の「枠組み」を支える空間性について論じた。そしてそこでは、ノラの「記憶の場」という概念やモースの贈与論を参照軸に、「環境」と「場」の関係、「場」の変化による忘却の問題を論じた。また「環境」という観点から、個人的記憶と集合的記憶の関係、集合的記憶における忘却と想起についても論じた。本稿の論点は、「環境」が集合的記憶に対してもつ意義を説くことである。