著者
西村 玲
出版者
日本宗教学会
雑誌
宗教研究 (ISSN:03873293)
巻号頁・発行日
vol.86, no.3, pp.531-552, 2012

明末新仏教の先駆けとなった雲棲〓宏は、生涯にわたって不殺生と放生を実行し、現代まで広く崇敬される。仏教における不殺生の原理は、梵網経を根拠として、インド由来の輪廻説と中国における孝道が一体化したものである。十六世紀末から始まったキリスト教中国布教の中心であったマテオ・リッチは、その教理書『天主実義』で、人間が動物を殺すことは天主から与えられた恩恵であると主張し、仏教の輪廻と孝による不殺生を不合理であると批判した。〓宏は肉食に生理的な拒絶を示して、人と動物の平等を説いた。〓宏にとっては、人も動物も同じ肉であり、動物の肉を食することは人肉食にも等しい行為だった。輪廻にもとづく不殺生の思想は、現世一生の閉塞から無限の過去世と未来世へ、人の現身から六道の多種多様な存在へと、魂をひらく回路である。〓宏の不殺生思想は、明末庶民の生活に即した平易な形で説かれ、その一つである放生は身近な善行として一般化していった。

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