著者
宮智 麻里
出版者
佛教大学
雑誌
佛教大学大学院紀要. 文学研究科篇 (ISSN:18833985)
巻号頁・発行日
vol.43, pp.35-52, 2015-03-01

成田不動と歴代市川團十郎の関係は広く知られている。成田山新勝寺の初めての江戸出開帳の時に上演された『成田山分身不動』の最後に登場する初代市川團十郎とその息子九蔵が演じた不動明王に江戸の人々が惹きつけられたというのが定説である。しかし「流行神」が乱立し、開帳が頻繁に行われる江戸においては、それだけでは人々を惹きつけるのは難しかったはずである。本稿は、元禄以降、江戸の成田不動信仰の拠点であった「成田山御旅宿」の経営にかかわっていた講中と市川團十郎の贔屓には居住地と職業に共通点があることに着目し、彼らが成田不動を信仰した理由を再検証するものである。彼らは度重なる火災を経験し、疫病により経済的損失を被るという点でも共通している。そこで、元禄十六年の出開帳のときに演じられた『成田山分身不動』を分析し、倶利伽羅龍王(剣)信仰が日本橋地区の「江戸っ子」商人たちを惹きつけた背景にあったことを検証する。

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こんな論文どうですか? 成田不動信仰と市川團十郎 : 成田山旅宿の役割を中心に(宮智 麻里),2015 https://t.co/JjDQjj6o5Q
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