- 著者
-
藤森 かよこ
- 出版者
- 福山市立大学都市経営学部
- 雑誌
- 都市経営 : 福山市立大学都市経営学部紀要 = Urban management : bulletin of the Faculty of Urban Management, Fukuyama City University (ISSN:2186862X)
- 巻号頁・発行日
- no.3, pp.9-26, 2013
自由主義に対抗する意味での「保守党」なる政党が創立されたことはないアメリカ合衆国において,ある種の人々が,1940年代から50年代にかけて,自分たちを「アメリカの保守主義者」として意識し,保守主義運動を起こす契機になったのは,フリードリッヒ・A・ハイエクの『隷属への道』(The Road to Serfdom,1944)だった.ハイエクは,ナチスの国家社会主義と同じ風潮が自由主義を生んだ英国を浸食していることに危惧を抱き,自由主義の大義を訴えた.その頃,アメリカでは,1930年代大恐慌期のローズヴェルト政権時代のニューディール政策の社会主義的,統制経済政策が,アメリカ国民にもたらした精神の変質と冷戦期のソ連台頭への危機感に苛立つ人々がいた.彼らは,リベラル左派知識人が指摘するように,「旧家族アメリカ人集団」と,「社会的に地位の向上しつつある人種集団」と「新興の成金集団」という,ある種の劣等感と利己主義からアメリカ建国の理念に固執する社会集団であったのかもしれない.しかし,ともあれ,『隷属への道』は,リベラル左派系知識人が「極右」と軽蔑する人々に,思想的基盤と大義を与えた.