- 著者
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細澤 仁
- 出版者
- 神戸大学保健管理センター
- 雑誌
- 神戸大学保健管理センター年報 (ISSN:09157417)
- 巻号頁・発行日
- no.23, pp.89-99, 2003-04
解離性同一性障害については幼小児期の性的外傷との関連が取り沙汰されているが,その精神病理と精神療法については未だ十分な議論がなされていない状況である。本論では重篤な性的虐待の既往がある解離性同一性障害患者の終結例を臨床素材として取り上げ,その精神病理の形成と精神療法過程を検討し,さらには外傷のワークスルーについて考察した。症例は解離性同一性障害をもつ20代の女性である。彼女は母親のネグレクト的養育態度を背景にして,父親による長期間に及ぶ重篤な性的虐待を経験した。そのような外傷および外傷を消化する自然治癒力が発揮できない状況が彼女の中核的葛藤を形成し,また性的外傷により圧倒される体験が精神病水準の不安を未消化のまま存続させることになった。当初は解離は精神病水準の不安への防衛として機能し,後には対人関係上に転移される中核的葛藤の回避手段として用いられるようになった。彼女との精神療法過程において,転移された中核的葛藤を今-ここでの治療関係の中で扱っていくことにより,解離により回避されていた生の情緒に触れていくことが可能になり,解離された対象関係の統合の基盤が形成されていった。中核的葛藤のワークスルーが進むにつれて,解離障壁が緩み,解離により防衛されていた精神病水準の不安が露呈し,投影同一化を介して治療関係および病棟に排出された。その精神病水準の不安を治療状況の中で抱えることを通して「新規蒔き直し」が起こり,彼女は回復した。彼女との精神療法過程において,外傷体験を感情を伴って語るということは生じなかった。慢性の重篤な外傷体験を持つ患者との精神療法における中心課題は,治療状況に転移された中核的葛藤を今-ここで扱いつつ,精神病水準の不安を治療関係の中で抱えていくことを通して患者が自然治癒力を発揮できるように援助することであり, 治療の中で外傷記憶を直接取り扱うことは必ずしも必要ないと主張した。