著者
團 琢磨
出版者
島根大学
雑誌
島根大学論集 (教育科学)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.30-39, 1962-03-15

New Leisure或はMass Leisureとかいわれるように,レジャーをめぐっての間題が最近大きくとりあげられるようになってきた。1959年秋の英国の総選拳では、保守、労働両党は政治,経済,外交政策とともに「余暇(レジャー)」についての宣伝戦をはなばなしく展開して注目をひいた。わが国においても、今日的余暇状況についてその問題意識はようやく成熟しつつあるとみてよい。しかし,レジャーの問題をめぐって大衆娯楽が研究の対象としてとりあげられるようになったのは新しいことではない。たしかに,大衆娯楽という概念で研究されるようになったのは大正中期以後のことである。13; 大衆娯楽,レクリェーションがどのような過程をへて今日めように発展してきたか,それに関する研究の動向や論壇の思潮がどんなものであったか,そのあとすけをすることによって現代的課題を探究することも大切である。小論では,わが国においてレジャーに関する文献にはどんなものがあり,その中でレジャーをめぐって娯楽,レクリェーションの問題をどのような視角からとりあげているかを分析することにした。13; わが国における大衆娯楽,レクリエーション研究は今日にいたるまでの歴史があったことは見逃せないが,その多くは娯楽的側面に比重がかけられ,それが断続的な姿をとりながら今日に至っているといえよう。戦後,大衆娯楽,レクリエーションは学問のアバンギャルド領域として活発な研究がなされるようになってきているが,今目の状況はなお問題提起の段階にあるとみてよかろう。研究の流れとしてこれを年代的に見たばあい,大まかに三つの時期が指摘できる。すなわち,大正9年頃から昭和6年に至る民衆娯楽論の時期,満州事変勃発から第二次大戦に至る戦時協力娯楽論の時期,第二弐大戦後から今日に至る大衆娯楽,レクリェーション論の時期である。13; 第一期は,第一次大戦を契機と.して独占資本の成熟にともなう郡市化現象の肥大を背景として,映画に代表される新興民衆娯楽が大きくおこってくるが,これの肯定,否定が中心的な問題としてとりあげられ,ついで都市娯楽の繁栄と対比させて貧困な農村娯楽の問題に焦点が移った時期である。第二期は,満州事変以後時局の潮流にそって「国民精神作興」,「勤労文化の確立」の一環として,戦争協力のかけごえに統合された娯楽が論じられた時期である。第三期は,大衆娯楽,レクリェーション論の時期である。戦後間もなくこの方面の研究が活発となってきたが,これにはレクリエーション運動の高まり,マス・メデァ研究の活発化が作用したのであった。

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こんな論文どうですか? わが国における余暇に関する研究の動向(團 琢磨),1962 https://t.co/9NntAuiLCw New Leisure或はMass Leisureとかいわれるように,レジャーをめぐっての間題が最近大きくとりあげら…
こんな論文どうですか? わが国における余暇に関する研究の動向(團 琢磨),1962 https://t.co/Qj3intK82v New Leisure或はMass Leisureとかいわれるよう…

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