著者
鄭 秀鎮
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.103-120, 2015-03-01

村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』は作品の構成において整合性を欠いているという否定的評価が目立つ作品である。本稿では特に作品の主題における必然性を欠いていると指摘されている、ハワイへの旅行の部分にむしろ作品全体の主題と密接につながる文脈を見出そうとする試みである。主人公「僕」は、1980 年代日本社会において現実感覚が稀薄化されていくという問題意識を持っている。この問題意識は「僕」のハワイ行きによってもっと鮮明になる。ハワイという、観光を目的に計画的に作られたイメージで成り立っている空間に来た「僕」は、そこに住んでいる写真作家アメと詩人ディック・ノースの間の奇妙な関係から、技術的映像(写真)が文字文化(文章)を圧倒している、二つのコミュニケーション媒体の不均衡な力関係を二重写し的に読み取ることになる。そしてこれこそ「僕」が現実感覚の弱体化の原因を意識し、次なるステップを模索する契機になる。この点において「ハワイ」は作品全体の主題をむしろ鮮明にする文脈を有することになる。

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