著者
鳥居 万由実
出版者
東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻
雑誌
言語情報科学 (ISSN:13478931)
巻号頁・発行日
no.14, pp.207-223, 2016

「智恵子抄」や「道程」という愛とヒューマニズムの詩で知られる高村光太郎は、他者との隔絶感や了解不可能性に悩み続けた詩人でもあった。本稿は、高村光太郎の内面における自己と他者の相克をたどりながら、彼の動物表象に新たな光を当てることを目指す。光太郎の作品には相容れない他者を前にして、自己をより高潔な存在として称揚しようとする傾向が度々出現する。その傾向を呼んだきっかけの一つは彼が留学中に了解不可能な他者としての西洋に直面したこと、また「孤高」の芸術家を理解しない「俗世間」との葛藤に悩まされたことである。他者の問題は智恵子との内密な結婚生活により棚上げされたが、その生活が維持できなくなった時、再び浮上した。光太郎はその際、動物を扱った詩の中で、再度、他者と自己の問題に取り組む。そこで彼は二つの姿勢を取る。一つは自己を神聖化し相容れない他者を排除する姿勢、もう一方は、自己と他者の相克の場に踏みとどまり、隔絶を見つめる姿勢である。時局が戦争へと向かうと、最終的には前者が優勢となり、彼は敵/味方の二分法に基づく戦意高揚詩を量産した。しかし後者には、他性と向き合う、もう一つの高村光太郎の可能性が存在していた。

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