- 著者
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初谷 譲次
- 出版者
- 天理大学学術研究委員会
- 雑誌
- 天理大学学報 (ISSN:03874311)
- 巻号頁・発行日
- vol.61, no.1, pp.49-73, 2009-10
美しいカリブの海岸線に面したトゥルムのマヤ遺跡は世界的ビーチ・リゾートとして知られるカンクンから車で2時間程度に位置し,チチェン・イッツア遺跡と並んで人気観光スポットである。遺跡に隣接するトゥルム市は,いまや3万人を有するトゥルム自治体(2008年設立)の首府として栄え,郊外には国際空港の建設が計画されている。同市の幹線道路沿いに並ぶ土産店やレストランを利用する観光客には,そこがかつてクルソー・マヤと呼ばれた反乱マヤの聖地であることは思いも及ばない。観光客が往来する大通りからわずか1ブロック入ったところにあるシュロ葺き屋根のマヤ教会(祭祀センター)では,輪番制で聖域を護衛するシステムが現在も維持されている。本稿は,2008年夏に実施したフィールド調査に基づいて,キンタナロー州のマヤ教会において実践されているミサと呼ばれる祈りをテクスト化し,再領土化という観点から考察したものである。資本主義はあらゆるモノを脱領土化して,一元的価値を付与して市場に流通させ,私的所有権によって再領土化するシステムである。このメカニズムから自由でいられる人間は地球上にはいない。しかしながら,その再領土化のやり方は一律ではない。近代的個人は再領土化するさいには,再-脱領土化を想定してモノの市場価値をモニタリングする。それが祈りであれば,「正しい」かどうか確認する。しかし,マヤの人びとは祈りを再-脱領土化することを想定することなしに,日常的空間に埋め込む。再-脱領土化する必要のないものは市場的価値という意味において「正しい」必要はなく,何世紀にもわたってブリコラージュされながら受け継がれてきたのだ。