- 著者
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金 銀実
- 出版者
- 埼玉大学大学院文化科学研究科
- 雑誌
- 日本アジア研究 : 埼玉大学大学院文化科学研究科博士後期課程紀要 (ISSN:13490028)
- 巻号頁・発行日
- vol.9, pp.63-73, 2012
私は1985年に中国吉林省延辺朝鮮族自治州にある朝鮮族と漢族が共存して暮らしている発電所村で生まれた。特殊な生活環境の影響で、私は小学校に入る前から、自分の民族について知っていた。民族について知っていながらも、小学校の高学年になるまで韓国の存在を知らないまま暮らしてきた。そんなある日、叔父が韓国へ出稼ぎに行くようになり、それをきっかけに韓国に興味をもつようになる。それ以外にも、私のまわりでは、家族を含む多くの親戚たちが、延辺を離れて、中国の都市部へ、韓国へ、と移動をする人たちが多く、それを当たり前のように受け止めながら、暮らしてきた。 しかし、大きくなるにつれて、それは決して普通のことではない、朝鮮族に特有のことであるのに気付き、大学院で研究することにした。そのなかでも、特に朝鮮族の移動が目立つ韓国への移動をめぐって、修士論文を書こうと思い、埼玉大学から韓国の高麗大学に交換留学をした。しかし、当初、まわりの朝鮮族の友達に「韓国人の朝鮮族に対する差別はもうあまりないと思うし、それを研究テーマにして意味あるの?せっかく日本に留学しているんだから、日本でできる研究テーマを選んで研究した方がいいんじゃない」と反対されたこともあった。 韓国では、朝鮮族教会、城南教会などを訪れて、フィールドワークをおこなうと同時に、在韓国中国朝鮮族18人に聞き取り調査もおこなった。半年間のフィールドワークと聞き取りを通じて、「中国が影響力を持つようになってきたから、韓国人が朝鮮族を差別しなくなった」と一言では言いきれない、在韓国朝鮮族の人々がおかれた状況は十人十色、百人百様だということを知った。また、在韓国中国朝鮮族の各人がもっている資源、置かれた境遇、制度的なものなどによって、その人たちの韓国での生活体験への意味づけ、アイデンティティ構築(変容)が違ってくることもわかった。 今回の調査ノートは主に、私の身のまわりで起きたことと在韓国中国朝鮮族18人からの聞き取り事例だけに基づいて書いたもので、全体状況の把握に欠けているのは事実である。だから、今回の調査ノートは、今後より多くの韓国在住中国朝鮮族に聞き取り調査を実施し、彼ら/彼女らの存在のありようについて、多様性を描出しつつ、全体状況の把握に努める入口にしたいと考えている。