- 著者
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劉 振業
- 出版者
- 京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
- 雑誌
- コンタクト・ゾーン = Contact zone (ISSN:21885974)
- 巻号頁・発行日
- vol.11, no.2019, pp.172-206, 2019-08-31
本稿では、中国広東省広州市、X社区「星光老年の家」利用者の麻雀賭博を事例として、「正の賭博」ともいえる「社会的熱」の生成について考察する。星光老年の家とは、中国政府が高齢化社会に対して打ち出した福祉政策である「星光計画」によって建てられた施設である。しかし、建設資金のみが出され、運営資金が考慮に入れられていなかったため、星光老年の家の多くが麻雀遊びのみしか残っていない「福祉的雀荘」へと変化したのである。これに対して、中国の学術的、社会的言説では、星光老年の家を「健康的」に発展させるためには有力な監督システムを作り、麻雀賭博を星光老年の家から排除しなければならない、という主張が繰り返されてきた。星光老年の家の実態を知るため、筆者は2016年9月から約6ヶ月、広州市X社区星光老年の家において、利用者の日常的実践である麻雀賭博に注目し、フィールドワークを行った。その中で、筆者が特に目を向けたのは、利用者の麻雀賭博に対する個人的言説とかれらの麻雀賭博の具体的実践である。既存の研究や新聞記事において、星光老年の家の雀荘化は、老人を賭博に耽溺させるものという負の意味づけがされる。しかし、X社区星光老年の家の利用者たちは、麻雀賭博に明け暮れるどころか、麻雀賭博を利用者たちに適した形態に改良していた。本稿では、そうした独自のルール改変とその分配や贈与関係を記述し、麻雀を通じて生まれた「社会的熱」を考察する。社会的熱とは、賭博によって生成され、賭博が一定の境界内に止まる限り、それが「社会的沸騰(socialeffervescence)」の望ましい形態のことである[Steinmüller 2011:263]。X社区星光老年の家の麻雀賭博を分析することで、利用者の麻雀賭博の実態を把握し、社会的熱を検討することと、「負の賭博」と表象されてしまう行為の中に「正の賭博」としての意義を見出すことを通じて、中国社会のありかたを解明することが本稿の目的である。