- 著者
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西 真如
- 出版者
- 京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
- 雑誌
- コンタクト・ゾーン = Contact zone (ISSN:21885974)
- 巻号頁・発行日
- vol.11, no.2019, pp.275-289, 2019-08-31
本稿は、在宅で終末期を過ごす単身高齢者の疼痛ケアにあたる訪問看護師が、患者の痛みの経験をどのように理解し、痛みの情動に介入するのかという問題について考察する。その過程は、医療のことばでは「痛みの評価」とか「痛みの管理」という用語であらわされるのが通例である。しかし実際には、患者がどのような痛みを抱えているかを客観的な指標によって把握することはできないし、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)を用いた痛みへの介入は、患者の情動の変化と結びついた繊細な実践である。疼痛ケアは、痛みを訴える患者と、それを聞く医療者、そして患者の身体に介入する鎮痛薬とを巻き込んだ、一連のコミュニケーションの過程として把握される。この過程に接近するため、本稿ではまず、痛みとは何であって、それは何を意味するのかという問いについて考える。この問いは一方では、痛みは単に外的な刺激の感覚ではなく、複雑な情動の過程であるという医学上の「発見」と関わっており、もう一方では、痛みの意味は言語によって正確に表象されることはなく、痛みの経験を表現することは、常に不完全な翻訳の過程なのだという人類学的な(および関連領域の)考察と関わっている。そして本稿の後半では、訪問看護師が身体の痛みに「寄りそう」過程について、耐え難い疼痛を訴えながら在宅療養を選ぶ患者に対するケアの文脈や、オピオイドを用いた痛みへの介入といった側面に着目した記述をおこなう。