著者
西 真如
出版者
Japan Association for African Studies
雑誌
アフリカ研究 (ISSN:00654140)
巻号頁・発行日
vol.2003, no.63, pp.1-15, 2003-12-20 (Released:2010-04-30)
参考文献数
51

国民国家の枠組みが揺らぐ世界的な傾向のなかで, エチオピアは民族自治にもとづく連邦制へと移行した。諸民族の連邦国家に期待されるのは, 人びとの幅広い参加による民主主義の実現である。ところがエチオピアの新しい国家秩序は, エスニシティの政治化という問題を提起した。人びとの自律的な規範と文化によって形成されるのが「ほんらいの」エスニック集団であるとすれば, 連邦制のもとで定義される「民族」は, 国家エリートによって操作される政治的な運動として, 人びとのまえに現れる。本稿では, 国家とエスニシティとの関係を, 強制的な支配と自律的な文化との対立関係として捉えず, その代わりに人びとの自発的な活動と, 国家のヘゲモニーとの相互作用のなかで形成されるエスニシティに注目する。そしてエチオピアでスルテ (あるいはグラゲ) と呼ばれる人びとのエスニシティ形成の考察をとおして, 人びとの自発的な活動に, 国家のイデオロギーが作用してきた過程を描こうとする。
著者
西 真如
出版者
日本文化人類学会
雑誌
日本文化人類学会研究大会発表要旨集 日本文化人類学会第55回研究大会 (ISSN:21897964)
巻号頁・発行日
pp.F00, 2021 (Released:2021-10-01)

私たちは、意図するかしないかに関わらず、日常生活においていつも誰かや何かを心配し、係り合いになってしまっている。本分科会では、ケアフェミニズムおよび関連する人類学の近年の議論を参照するとともに、ケアの実践における非人間(non-human)の役割を探求する。またそのことを通して、他者との具体的な関係性に立脚した民族誌研究の地平をおしひろげるとともに、関係論的な思考の限界についても検討する。
著者
西 真如
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
雑誌
コンタクト・ゾーン = Contact zone (ISSN:21885974)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2019, pp.275-289, 2019-08-31

本稿は、在宅で終末期を過ごす単身高齢者の疼痛ケアにあたる訪問看護師が、患者の痛みの経験をどのように理解し、痛みの情動に介入するのかという問題について考察する。その過程は、医療のことばでは「痛みの評価」とか「痛みの管理」という用語であらわされるのが通例である。しかし実際には、患者がどのような痛みを抱えているかを客観的な指標によって把握することはできないし、オピオイド(麻薬性鎮痛薬)を用いた痛みへの介入は、患者の情動の変化と結びついた繊細な実践である。疼痛ケアは、痛みを訴える患者と、それを聞く医療者、そして患者の身体に介入する鎮痛薬とを巻き込んだ、一連のコミュニケーションの過程として把握される。この過程に接近するため、本稿ではまず、痛みとは何であって、それは何を意味するのかという問いについて考える。この問いは一方では、痛みは単に外的な刺激の感覚ではなく、複雑な情動の過程であるという医学上の「発見」と関わっており、もう一方では、痛みの意味は言語によって正確に表象されることはなく、痛みの経験を表現することは、常に不完全な翻訳の過程なのだという人類学的な(および関連領域の)考察と関わっている。そして本稿の後半では、訪問看護師が身体の痛みに「寄りそう」過程について、耐え難い疼痛を訴えながら在宅療養を選ぶ患者に対するケアの文脈や、オピオイドを用いた痛みへの介入といった側面に着目した記述をおこなう。
著者
西 真如
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.81, no.4, pp.651-669, 2017 (Released:2018-02-23)
参考文献数
39
被引用文献数
1

本稿では、普遍的治療を掲げる現代のHIV戦略のもと、病とともに生きる苦しみへの関心と無関心が形成され、制度化されてきた過程について、エチオピア社会の事例にもとづき検討する。アフリカにおける抗HIV薬の急速な展開によって得られた公衆衛生の知識は、「予防としての治療」戦略として知られる介入の枠組みに結実した。この戦略は、アフリカを含む全世界ですべてのHIV陽性者に治療薬を提供することにより、最も効率的にHIV感染症の流行を収束させることができるという疫学的予測を根拠としている。エチオピア政府は国際的な資金供与を受け、国内のHIV陽性者に無償で治療薬を提供することにより「予防としての治療」戦略を体現する治療体制を構築してきた。にもかかわらず現在のエチオピアにおいては、病とともに生きる苦しみへの無関心と不関与が再来している。そしてそのことは、「予防としての治療」戦略に組み込まれたネオリベラルな生政治のあり方と切り離して考えることができない。本稿では治療のシチズンシップという概念をおもな分析枠組みとして用いながら、抗HIV薬を要求する人々の運動と、現代的なリスク統治のテクノロジーとの相互作用が、HIV流行下のエチオピアで生きる人々の経験をどのようにかたちづくってきたか検討する。またそのために、エチオピアでHIV陽性者として生きてきたひとりの女性の視点を通して、同国のHIV陽性者運動の軌跡をたどる記述をおこなう。この記述は一方で、エイズに対する沈黙と無関心が支配的であった場所において、病と生きる苦しみを生きのびるためのつながりが形成された過程を明らかにする。だが同時に、彼らの経験から公衆衛生の知識を照らし返すことは、現代的なHIV戦略が暗黙のうちに指し示す傾向、すなわち治療を受けながら生きる人々が抱える困窮や孤立、併存症といった苦しみへの無関心が、ふたたび制度化される傾向を浮かび上がらせる。
著者
重田 眞義 伊谷 樹一 山越 言 西 真如 金子 守恵 篠原 徹 井関 和代 篠原 徹 井関 和代 峯 陽一 西崎 伸子
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

本研究プロジェクトは、エチオピアにくらす人々によって絶え間なく創り出される様々な知(=在来知)の生成過程をこれまで認識人類学がふれなかった「認識体系と社会的な相互交渉の関係」と、開発学が扱わなかった「有用性と認知の関係」の両方を射程に入れて、グローカルな文脈に位置づけて解明した。さらに、この研究であきらかになった点をふまえて、研究対象となる社会への成果還元に結びつくような研究活動を展開した。
著者
西 真如
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.76, no.3, pp.267-287, 2011-12-31
被引用文献数
1

HIV/AIDS対策は、さまざまな知識や制度を動員した包括的な取り組みとして実施されるが、そこで中核的な役割を果たす技術のひとつとして、HIV検査を挙げることができる。サハラ以南アフリカでは近年、特別な設備がなくてもHIV検査を実施できる簡易検査キットの普及が著しい。検査キットは、あらゆる場所で「疫学的な他者」をつくりだす道具である。本稿では、エチオピアのグラゲ社会におけるHIV予防介入の展開と、HIV不一致カップル(一方がHIVに感染しており、他方が感染していないカップル)の経験について検討する。そしてHIV予防介入がつくりだす生政治的な過程の中で、疫学的な他者との共存を拒絶する政治が進行しているように見えるときにも、人びとが不一致を受容し、肯定的な関係を取り結ぶ可能性があることを明らかにする。不一致を生きる人びとの倫理的な関係を問う過程を、本稿では「生きられた身体の政治」として把握しようとする。生きられた身体の政治は、疫学的な知識を否定したり、公衆衛生介入を拒絶する過程ではない。むしろそれは、他者の身体が疫学的に危険であることを受け容れた上で、そのような身体を生きる者たちが、互いの健康と人格への配慮にもとづいて肯定的な関係を取り結ぶ可能性を開いてゆく実践である。