- 著者
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保科 英人
- 雑誌
- 福井大学教育・人文社会系部門紀要 (ISSN:24341827)
- 巻号頁・発行日
- no.4, pp.77-91, 2020-01-17
宮内庁書陵部に所蔵されている未刊行史料『進献録』から,近代天皇家及び宮家への昆虫献納の事例をまとめた.元号が平成から令和となった瞬間を見届けた現代人は,我が国における皇室の存在感の大きさを改めて見せつけられた.改元を記念して,というわけではないが,本稿では『進献録』に記された近代期(明治・大正・昭和戦前期)における天皇家および宮家への昆虫の献納実態について,いくつかの話題提供をしたい.『進献録』とは宮内庁書陵部が所蔵する未刊行史料の一群である.文字通り天皇家や宮家に献上された物品の記録であるが,単なる物品名の羅列リストではない.献納者が宮内省(現在の宮内庁)に提出した自己紹介文や,宮内省から献納者への指示文書なども収められていて,近代期における昆虫の生き虫や昆虫標本,昆虫をモチーフとした民芸品の皇族への献納の実態を示す貴重史料である.筆者が知る限り『進献録』がこれまで昆虫学史や文化昆虫学の資料として活用されたことはない.筆者とて『昭和天皇実録』(宮内庁編)を閲読中に,引用されている文献として『進献録』なる史料をたまたま知った口だ.近年,昆虫を含む様々な国内動植物の人為的移送による遺伝的撹乱や国内外来種の問題が顕在化している.もちろん,今となっては江戸期や近代期の動植物の放流・移植の全貌を明らかにすることは不可能である.しかし,ホタルのような観賞要素が強い昆虫であれば,新聞記事や『進献録』の調査によって,どの地域のホタルがいつ東京に持ち込まれたかの知見をある程度集積できる.近代期の生物移送を追跡するうえで,『進献録』は一つの貴重な参考資料なのである.