- 著者
-
植田 康孝
- 雑誌
- 江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
- 巻号頁・発行日
- no.27, 2017-03-31
日本は,面積は世界60 位に過ぎないが,人口は世界10位,GDPはいまだ世界3位であり,「大きな力を持つ小さな島国」である。しかし,同じく小さな島国であるニュージーランドと日本の国民生活の質を示す「一人当たり名目GDP」は逆転し,年々その差を拡げつつある。伴い,多くの変化が見られるようになって来た。日本とニュージーランドは対極にあることが分かる。日本が貧しくなっているならば,ニュージーランドは豊かになっている。英国EU離脱や米国トランプ大統領就任が続く中,移民を上手く受け入れ自由貿易を推進するニュージーランドは今や「世界を元気づけ幸福に出来る唯一の例外」である。 ニュージーランドでは,2016年12月,49.5% という高い国民支持率を得ながらジョン・キー首相(1961 年8 月9日生まれ,55 歳)が「今が引き際」と辞任(政界引退)を表明し,副首相兼財務相のビル・イングッシュ氏にその座を禅譲する潔さが話題となった。一方,日本は,東京五輪準備で元首相が影響力を行使するなど,高度経済成長の頃を夢見て,客観的な判断を怠る姿を露呈した。日本の凋落は,幻想に縛られ,時代の転換期に付いて行けなくなっている前世代がもたらす「老害」に他ならない。「21 世紀に生きているのに,20世紀から抜け出せない感覚を抱いている」世代は,若い世代に居心地の悪さを与える。日本の若者は,職業が安定せず年金がもらえない不安があり,賃金も低いまま放置されている世代である。将来に不安があるため,晩婚化が進み社会に少子化をもたらす。民主主義はその参加者により決まるが,わが国が抱える病理は,参加者の大半が高齢者になっている点である。高齢者は自らの世代を最優先に考えて行動するため,年少世代が貧乏くじを引く羽目に陥いる。 2016 年末,テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)」が若者を中心に人気沸騰したが,25 歳大学院修了で働きたい意欲を持つ主人公「森山みくり」(新垣結衣)が派遣切りされ月給19万4,000円で「家事のプロ」を目指さなければならない,「就職難」「晩婚化」という日本の若者が抱える現代事情を反映させたことが,広く「共感」を呼んだ。若者世代は社会や他人から必要とされたいアイデンティティ欲望を強く持つが,高学歴で「できる」若者が,「できない」高齢者の割を食う構図にあり,生き難いと感じる社会になっている。主人公が「ああ,誰にも必要とされないって,つら~い」とため息を付くところから,作品は始まった。 同じく大ヒットした「君の名は。」は,女子高生・三葉(上白石萌音)と男子高校生・瀧(神木隆之介)の「入れ替わり」という超常現象で結び付いた恋愛関係が山深い町に住む人々を100 年に1 度の彗星が近付く巨大災厄から救う大きな力になる。若者世代が活躍する場が狭められている日本において,「社会に役立つ存在になりたい」「他人から必要とされたい」という2つの欲求を同時に成就させる過程が若者世代の心を捉えた。 バブルを知らず大きな災厄のみを体験して来た若者世代は「もう日本は経済成長せず,下り坂を転がり続ける」と感づいており,「日本はどうなってしまうのか」と壮大な不安の只中にいる。東京五輪も無責任な高齢者たちが場当たり的に事を進める茶番を繰り広げ,大手メディアからの「みんなで」応援しようという「同調圧力」は悽まじい。推進するはずであった大手広告代理店は24歳の新入社員を過重労働やサービス残業,セクハラやパワハラで自殺に追い込んだ。SMAP が解散に至るまでの経緯は,若い挑戦者が年長者や既存システムにすり潰されて行く姿を映し出した。新しい時代を築くためには新しい発想が不可欠であり,若者世代が主役となるべきであるが、日本は若者世代が活躍する場が極めて狭い社会となっている。 「老人大国」日本と「若者の国」ニュージーランドでは将来性に大差があり,今後更に格差が拡がる見込みである。