著者
西条 昇 木内 英太 植田 康孝
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.26, pp.199-258, 2016-03

2015 年は,アイドルシーンにとって画期的な年であった。ジャニーズやAKB48 を中心としたアイドル・ブームはまだまだ堅調であったが,これが「仮想空間」にも拡大,一般化して「アイドルアニメ」がエンタテインメント市場を席捲した。現実のアイドルは近年,ちょっとでも容姿や体型が落ちるとインターネット上で「劣化」と騒がれてしまうが,アニメのアイドルは「劣化」せず純粋にグループのために頑張る理想の集団としてファンに映り,「ラブライブ!」「アイドルマスター」「うたの☆プリンスさまっ♪」の3 大作品が大ヒット,「ラブライブ!」から派生した声優9 人組によるユニット「μ's(ミューズ)」が2015 年末の「第66 回NHK 紅白歌合戦」に出場,2015 年流行語大賞の候補に熱狂的ファンを表す「ラブライバー」が選ばれるなど社会現象化した。「ラブライバー」が成立した背景には,「ヴァーチャル空間」拡大による「ファン母数増加」と「ファンコミュニティ内つながりの緊密化」の2 点が挙げられる。現代アイドルの魅力は,具体的な素の存在に基づく「現実空間」における「キャラクター」性と,アニメやマンガのキャラクターに通じるように,類型化されたイメージの中から選び取られた「仮想空間」における「偶像」性の二重構造を持っていることにある。「現実空間」における「キャラクター」と「仮想空間」における「偶像」が合致した時,アイドルの魅力は一気に高まる。一方,その乖離が露呈すると,虚構性が興ざめ感を惹起する危険性も兼備する。かつて安室奈美恵やSPEED などアーティスト志向が強かったグループはアイドルとして捉えられることに対し拒絶する動きを見せたが,SNS や動画配信な「ヴァーチャル空間」が拡大してファンとの距離が近く感じられるようになった現在においては,アーティスト然と振る舞うことは逆にカッコ悪く映り,身近に感じさせられるアイドル的行動がファンを増やす点で効果的になっている。ファンになってもらうためには,SNS やイベントを通して「人となり」を伝えることが求められる。アイドルはイベントで握手や写真撮影に応じることに加え,公式サイトやFacebook,Twitter でグループや自らの現況を積極的に発信して,実際に触れ合う「現実空間」とネットを通じた「ヴァーチャル空間」の両空間において,ファンに「楽しみ」を提供している。また,新曲が出るとPV の動画が「ヴァーチャル空間」に流れるため,ファンは無料で身近にアイドルに接することが可能となっている。男性ファンは女性アイドルに対して,潜在的に疑似恋愛的な視線を向ける傾向がある。可愛い女の子が一生懸命全身全霊でファンのために人生の応援歌を歌い踊り演じる。アイドルが頑張るから,自分も一緒に頑張ろうという意識の下,アイドルを応援する。AKB48 で有名な「恋愛禁止」ルールは,個々のメンバーが切磋琢磨し高め合うことに一生懸命であれば恋愛している暇なんてないだろうという意味づけであり,結果として男性ファンの疑似恋愛を守ることに成功している。一方,女性アイドルファンにとって,ジャニーズアイドルを中心とする男性アイドルは理想の恋愛相手という存在に留まらず,別機能を備えた存在となっている。ジャニーズアイドルは,「わちゃわちゃ感」と呼ばれる男性同士の親密さや絆を有する「現実空間」における「キャラクター」をアピールして,アイドルに付随する女性の存在を無化する「偶像」になることに成功している。以前の女性を救い上げる男性イコール王子様,選ばれる女性というジェンダー役割は変質して,男性アイドルは,身近な自分の好みと合致させやすい「キャラクター」であると同時に,自分とは異性愛関係を結べない「偶像」(仮想空間における「偶像」)でもある。女性ファンにとって,男性アイドルは手の届かない遠い「偶像」ではなく,現実空間に極めて近いところにいる「キャラクター」として認識されている。
著者
西条 昇 木内 英太 植田 康孝\n
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.26, 2016-03-15

2015 年は,アイドルシーンにとって画期的な年であった。ジャニーズやAKB48 を中心としたアイドル・ブームはまだまだ堅調であったが,これが「仮想空間」にも拡大,一般化して「アイドルアニメ」がエンタテインメント市場を席捲した。現実のアイドルは近年,ちょっとでも容姿や体型が落ちるとインターネット上で「劣化」と騒がれてしまうが,アニメのアイドルは「劣化」せず純粋にグループのために頑張る理想の集団としてファンに映り,「ラブライブ!」「アイドルマスター」「うたの☆プリンスさまっ♪」の3 大作品が大ヒット,「ラブライブ!」から派生した声優9 人組によるユニット「μ’s(ミューズ)」が2015 年末の「第66 回NHK 紅白歌合戦」に出場,2015 年流行語大賞の候補に熱狂的ファンを表す「ラブライバー」が選ばれるなど社会現象化した。「ラブライバー」が成立した背景には,「ヴァーチャル空間」拡大による「ファン母数増加」と「ファンコミュニティ内つながりの緊密化」の2 点が挙げられる。現代アイドルの魅力は,具体的な素の存在に基づく「現実空間」における「キャラクター」性と,アニメやマンガのキャラクターに通じるように,類型化されたイメージの中から選び取られた「仮想空間」における「偶像」性の二重構造を持っていることにある。「現実空間」における「キャラクター」と「仮想空間」における「偶像」が合致した時,アイドルの魅力は一気に高まる。一方,その乖離が露呈すると,虚構性が興ざめ感を惹起する危険性も兼備する。かつて安室奈美恵やSPEED などアーティスト志向が強かったグループはアイドルとして捉えられることに対し拒絶する動きを見せたが,SNS や動画配信な「ヴァーチャル空間」が拡大してファンとの距離が近く感じられるようになった現在においては,アーティスト然と振る舞うことは逆にカッコ悪く映り,身近に感じさせられるアイドル的行動がファンを増やす点で効果的になっている。ファンになってもらうためには,SNS やイベントを通して「人となり」を伝えることが求められる。アイドルはイベントで握手や写真撮影に応じることに加え,公式サイトやFacebook,Twitter でグループや自らの現況を積極的に発信して,実際に触れ合う「現実空間」とネットを通じた「ヴァーチャル空間」の両空間において,ファンに「楽しみ」を提供している。また,新曲が出るとPV の動画が「ヴァーチャル空間」に流れるため,ファンは無料で身近にアイドルに接することが可能となっている。男性ファンは女性アイドルに対して,潜在的に疑似恋愛的な視線を向ける傾向がある。可愛い女の子が一生懸命全身全霊でファンのために人生の応援歌を歌い踊り演じる。アイドルが頑張るから,自分も一緒に頑張ろうという意識の下,アイドルを応援する。AKB48 で有名な「恋愛禁止」ルールは,個々のメンバーが切磋琢磨し高め合うことに一生懸命であれば恋愛している暇なんてないだろうという意味づけであり,結果として男性ファンの疑似恋愛を守ることに成功している。一方,女性アイドルファンにとって,ジャニーズアイドルを中心とする男性アイドルは理想の恋愛相手という存在に留まらず,別機能を備えた存在となっている。ジャニーズアイドルは,「わちゃわちゃ感」と呼ばれる男性同士の親密さや絆を有する「現実空間」における「キャラクター」をアピールして,アイドルに付随する女性の存在を無化する「偶像」になることに成功している。以前の女性を救い上げる男性イコール王子様,選ばれる女性というジェンダー役割は変質して,男性アイドルは,身近な自分の好みと合致させやすい「キャラクター」であると同時に,自分とは異性愛関係を結べない「偶像」(仮想空間における「偶像」)でもある。女性ファンにとって,男性アイドルは手の届かない遠い「偶像」ではなく,現実空間に極めて近いところにいる「キャラクター」として認識されている。
著者
植田 康孝 磯部 珠緒
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.30, 2020-03-15

人工知能を基盤としたデータサイエンス領域の発達は,自然科学分野に留まらず,経営学,社会学,歴史学,文学など文系分野においても,研究手法の変革を起こしている。これら領域においても,動画,写真,絵,文字など様々なメディア要素をデータ化し,ビッグデータや人工知能などの最新技術を応用する動きが広まっている。データサイエンスは,統計学や数学,情報学の考え方を採用して,データのパターンを読み解き,物の見方や判断力を体得する学問である。統計的な解析手法で緻密な分析が出来るようになり,定説を覆したり,思わぬ発見が生まれたりと,若手研究者と学生による研究の質と成果が経験豊富な専門家による既存研究を上回る。例えば,社会学や文学では,様々なデータを回帰分析や時系列分析,主成分分析といった様々な統計手法で関連性を解析する試みが生まれ,過去の蓄積された研究を質において凌駕する。 企業のマーケティングや金融機関の投資などの社会活動は,データに基づいて意思決定がなされる。金融分野,特に投資部門には多数の自然言語処理の専門家が配置され,研究においても実証分析される。彼らは企業経営者の発言など話し言葉をデータに還元して分析する。決算発表の席でCEO の発言がどのような単語を選んでいるかは,有益なデータになり,そこから読み取れる感情が企業における超過収益の源泉となる。同じく文系出身者が多いマスメディア領域,広告領域,エンターテインメント領域は,従来,目に見えないもの,例えば義理や人情,体力や運といったものに左右されて来た。しかし,人工知能の発達によりSNS 上のトピックや投稿からユーザーの属性情報を把握して蓄積し,ターゲットを絞り込み,ニュースや広告を表示できるようになった。音楽においては,自然言語解析を援用したJ-POP やアニソン等の歌詞を対象とした定量的研究が登場した。本論文では,16 作品の「プリキュア」シリーズの楽曲に対し,歌詞をデジタルデータ化した上で形態素解析を施し,語の頻度,特徴語といった観点から歌詞の特徴について考察を行う。アニメの主題歌は本稿の内容を反映して作るという前提の下,主題歌を分析することが本編の内容を分析する際に参考になると捉えた。
著者
植田 康孝 磯部 珠緒
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.30, pp.407-418, 2020-03

人工知能を基盤としたデータサイエンス領域の発達は,自然科学分野に留まらず,経営学,社会学,歴史学,文学など文系分野においても,研究手法の変革を起こしている。これら領域においても,動画,写真,絵,文字など様々なメディア要素をデータ化し,ビッグデータや人工知能などの最新技術を応用する動きが広まっている。データサイエンスは,統計学や数学,情報学の考え方を採用して,データのパターンを読み解き,物の見方や判断力を体得する学問である。統計的な解析手法で緻密な分析が出来るようになり,定説を覆したり,思わぬ発見が生まれたりと,若手研究者と学生による研究の質と成果が経験豊富な専門家による既存研究を上回る。例えば,社会学や文学では,様々なデータを回帰分析や時系列分析,主成分分析といった様々な統計手法で関連性を解析する試みが生まれ,過去の蓄積された研究を質において凌駕する。 企業のマーケティングや金融機関の投資などの社会活動は,データに基づいて意思決定がなされる。金融分野,特に投資部門には多数の自然言語処理の専門家が配置され,研究においても実証分析される。彼らは企業経営者の発言など話し言葉をデータに還元して分析する。決算発表の席でCEO の発言がどのような単語を選んでいるかは,有益なデータになり,そこから読み取れる感情が企業における超過収益の源泉となる。同じく文系出身者が多いマスメディア領域,広告領域,エンターテインメント領域は,従来,目に見えないもの,例えば義理や人情,体力や運といったものに左右されて来た。しかし,人工知能の発達によりSNS 上のトピックや投稿からユーザーの属性情報を把握して蓄積し,ターゲットを絞り込み,ニュースや広告を表示できるようになった。音楽においては,自然言語解析を援用したJ-POP やアニソン等の歌詞を対象とした定量的研究が登場した。本論文では,16 作品の「プリキュア」シリーズの楽曲に対し,歌詞をデジタルデータ化した上で形態素解析を施し,語の頻度,特徴語といった観点から歌詞の特徴について考察を行う。アニメの主題歌は本稿の内容を反映して作るという前提の下,主題歌を分析することが本編の内容を分析する際に参考になると捉えた。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.29, 2019-03-15

アイドル・エンタテインメントは,スポーツ,演劇,映画などと同様,ファンと呼ばれる熱狂的なファンの応援を基に成立している。ファンは「お気に入り」の存在を深く理解し,共感し,支持をしてくれる。アイドルとは,ファンがいないと何も出来ない職業である。ファンから応援してもらい,それにアイドルが頑張りで応えるのが,アイドルのビジネスモデルである。本稿は,アイドル「推す」「担」行為に見る「ファンダム」をテーマとした。乃木坂46 や欅坂46,ジャニーズ系などアイドルグループのファンは,新曲が発売されると組織的にCD を買い占め,互いに協力してヒットチャート入りを後押しする。アイドルファンにとって,応援行動は使命であり,生活の一部になっている。そして,近年,特定のグループ(箱推し)やメンバー(単推し)に熱狂する集団(ファンダム)の活動が,かつてないほど活発になっている。体験消費やインターネットの発達により,「直接コミュニケーション」や「ヴァーチャルコミュニケーション」が活発となり,「応援するメンバーと直接やり取りしたい」「同じグループやメンバーを応援するファンとつながりたい」「自分に適した居場所を見つけたい」という心理が,SNS や動画アプリ,スマホ等の発展に合わせて顕在化,かつてない程の盛り上がりを見せている。AKB48 など「会いに行けるアイドル」が人気を得た時代から,スマホアプリを通じて会話が出来るアイドルが最も身近な存在として意識される時代へ変化している。アニメ声優グループやヴァーチャルユーチューバー(V チューバー)が新たな形のアイドルとして人気を集めるスタイルも生まれ始めている。 アイドルは刹那の煌めきを見せるエンタテインメントであるが,アイドルとファンの間の関係性を表す言葉として「推す」「担」が挙げられる。「推す」行為は,単に「好きになる」「ファンになる」だけではなく,「感情移入」することに相当する。「共感」のレベルから「熱狂」へ,「愛着」から「無二」へ,「信頼」から「応援」へ昇華して,アイドルファンとなり,推しメンに対する支持を強めて行く。先ずアイドルを好きになってもらい,間口を広げる「好き(Like)」から,推しメンでなければダメであるという「愛(Love)」に高めて行くことが大切である。これは,アイドルだけでなく,一般的な商品にも通用する「マーケティング戦略」である。少子高齢化が加速し人口減少が深刻化する日本において鍵となるのは,自社の商品やサービスのファンを大事にすることである。愛着が深まれば,安定的な顧客基盤になることに加えて,「伝道師」のように新たなファンを呼び込む力にもなる。 本稿は通常,定性的にしか議論されないファン心理について数理モデルを援用して科学的アプローチを試みたことに,新規性と独自性を伴う。
著者
植田 康孝
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.27, pp.1-34, 2017-03

「シンギュラリティ(技術的特異点)」とは,人工知能が人間の能力を超える時点を言う。ヒトは自らの学名を傲慢にもホモ・サピエンス(賢明なヒト)と名付けたが,ホモ・スタルタス(愚かなヒト)になる瞬間である。近年の急激な技術進化により「シンギュラリティ」はもはや夢物語とは言えなくなっている。英オックスフォード大学のニック・ボイスロム教授の調査では,「シンギュラリティ」が到来しないと回答した人工知能分野の研究者は僅か10% に過ぎなかった。厚生労働省発表に拠れば,2016 年に生まれた子供の数(出生数)が98 万1,000 人となり,初めて100 万人を割り込んだ。出産に携わる20 ~ 39 歳の女性は2010 年(1,584 万人)から2014 年(1,423 万人)の4 年間で160万人以上減るなど構造的な問題であり,今後も進展する。団塊世代のピーク1949 年には269 万,第2 次ベビーブームのピーク1973 年には209 万人もいたから,半分以下の激減である。猛スピードで少子高齢化が進展する日本では,特定職種における労働力不足が深刻化している。人手不足を解消する,という社会的要請に応じる形で,人工知能の浸透が進む。人工知能に置き換えられる労働人口の割合はアメリカ(47%)やイギリス(35%)と比べて,日本(49%)が最も高い。これは,労働者が比較的守られて来た日本で,置き換えが遅れていたためである。人工知能の進化によって,産業構造や人の働き方が激変する。伴って,近い将来,私たち生活者の価値観や生き方が大きく変わるようになる。人工知能によって労働や生活における問題の大半が解決された場合,人間はどのような悩みを持つ存在になるのか。人工知能の進化は,人間の拠って立つ軸,例えば,信念や価値観,行動の判断基準を変えることを迫る。日本人は子供の頃から「働かざるもの食うべからず」と教えられ,「勤勉」を尊ぶ価値観が日本人の精神には深く根付いて来た。しかし,2016 年女性人気が爆発した深夜アニメ「おそ松さん」は,6 人の兄弟が揃って定職に就かず,遊んで暮らす「脱労働化生活」を送る。全員同じ顔と性格を持つ6 つ子が登場していた原作に対し,それぞれに細かくキャラクタを設定し声優の割り当てを別としたことにより,キャラクタごとに「推し松」と呼ばれる熱狂的な女性ファンが続出し,社会現象となった。人間は,2030 年に到来すると予想される「シンギュラリティ」以降には,仕事を減らすための人工知能が増え,「おそ松さん」的脱労働化生活を送るようになる。「おそ松さん」的ライフスタイルとは,ある程度,物質的な欲望を満たした場合,「モノ」の充足を超えて,文化や芸術,旅行,あるいは自分自身の想い出など,「コト」についての関心を増やすことである。政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るために必要とされる現金を支給する「ベーシック・インカム」制度の導入により,お金のために労働する,お金を使って消費するという生活から少しでも自由になることを可能にする。社会のために必要な「仕事」を人工知能が肩代わりしてくれるのであれば,賃金が支払われるだけの「労働」を行うことを中心とした生き方よりも,個性を大切にする生き方の方が余程「人間らしい」と言える。過去の常識に振り回されることを防いで,創造的な行動を行うことが,「おそ松さん」的「脱労働化生活」を実現することである。歴史家ホイジンガが説いた「人間はホモ・ルーデンス(遊ぶ存在)」の体現である。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.29, 2019-03-15

アイドル・エンタテインメントは,スポーツ,演劇,映画などと同様,ファンと呼ばれる熱狂的なファンの応援を基に成立している。ファンは「お気に入り」の存在を深く理解し,共感し,支持をしてくれる。アイドルとは,ファンがいないと何も出来ない職業である。ファンから応援してもらい,それにアイドルが頑張りで応えるのが,アイドルのビジネスモデルである。本稿は,アイドル「推す」「担」行為に見る「ファンダム」をテーマとした。乃木坂46 や欅坂46,ジャニーズ系などアイドルグループのファンは,新曲が発売されると組織的にCD を買い占め,互いに協力してヒットチャート入りを後押しする。アイドルファンにとって,応援行動は使命であり,生活の一部になっている。そして,近年,特定のグループ(箱推し)やメンバー(単推し)に熱狂する集団(ファンダム)の活動が,かつてないほど活発になっている。体験消費やインターネットの発達により,「直接コミュニケーション」や「ヴァーチャルコミュニケーション」が活発となり,「応援するメンバーと直接やり取りしたい」「同じグループやメンバーを応援するファンとつながりたい」「自分に適した居場所を見つけたい」という心理が,SNS や動画アプリ,スマホ等の発展に合わせて顕在化,かつてない程の盛り上がりを見せている。AKB48 など「会いに行けるアイドル」が人気を得た時代から,スマホアプリを通じて会話が出来るアイドルが最も身近な存在として意識される時代へ変化している。アニメ声優グループやヴァーチャルユーチューバー(V チューバー)が新たな形のアイドルとして人気を集めるスタイルも生まれ始めている。 アイドルは刹那の煌めきを見せるエンタテインメントであるが,アイドルとファンの間の関係性を表す言葉として「推す」「担」が挙げられる。「推す」行為は,単に「好きになる」「ファンになる」だけではなく,「感情移入」することに相当する。「共感」のレベルから「熱狂」へ,「愛着」から「無二」へ,「信頼」から「応援」へ昇華して,アイドルファンとなり,推しメンに対する支持を強めて行く。先ずアイドルを好きになってもらい,間口を広げる「好き(Like)」から,推しメンでなければダメであるという「愛(Love)」に高めて行くことが大切である。これは,アイドルだけでなく,一般的な商品にも通用する「マーケティング戦略」である。少子高齢化が加速し人口減少が深刻化する日本において鍵となるのは,自社の商品やサービスのファンを大事にすることである。愛着が深まれば,安定的な顧客基盤になることに加えて,「伝道師」のように新たなファンを呼び込む力にもなる。 本稿は通常,定性的にしか議論されないファン心理について数理モデルを援用して科学的アプローチを試みたことに,新規性と独自性を伴う。
著者
植田 康孝 菊池 魁士
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

近年,目覚ましい技術成長を遂げている人工知能は,あらゆる産業を革新すると期待される。しかし,その影響の範囲は広過ぎるため,2030 年に到来すると予想される,人工知能が人間の能力を上回る「シンギュラリティ」以降の「人工知能社会」の具体的な将来像をイメージし難い,と指摘されることもしばしばある。イメージを助けてくれるのがSF(サイエンス・フィクション)作品である。現代の多くの人の中にある「人工知能」のイメージは,学問としての人工知能でも,技術としての人工知能でもなく,数多くのSF 映画やアニメ作品を通して形成されて来たイメージである。 スター・ウォーズ,ターミネーター,アイアンマンなど,SF 映画はいつの時代も人間そっくりの人造物(ロボット,アンドロイド)に憧れて来た。そして,その憧れは,「人工知能」に結びつく。人間のように動き,時に感情まで持つアンドロイド(ヒト型ロボット)は様々なSF作品に登場するため,欠かすことが出来ない存在になっている。SF 作品「スター・ウォーズ」が世界中に愛され続けているのは,ロボットが圧倒的な存在感を有しているからである。壮大な銀河の戦いの中で,安らぎとユーモアを与えてくれる。「スター・ウォーズ」シリーズには数多くのロボットが登場するが,1 作目(1977 年)で観客にとって最も印象に残ったのが「C-3PO」と「R2-D2」という2つのロボットである。「R2-D2」は宇宙船の操縦や機械の操縦をするロボットであり,登場人物たちの危機を何度も助ける。ただし言葉を話すことが出来ないため,「C-3PO」が代わりに話す役割を担う。「C-3PO」は通訳・式典用ロボットであり,機械語を人間に通訳したり,様々な種族の言葉や儀礼に精通し種族間の仲立ちをしたりする。映画ではこの2 体を主人公ルーク・スカイウォーカーが購入したことから,ロボットは帝国軍と反乱軍の戦いに巻き込まれて行く。「フォースの覚醒」から登場した「BB-8」は,大小2つの円から生まれたロボットであり,そっぽを向いたり,二度見したり,猛スピードでコロコロ疾走する。「R2-D2」の半分の大きさで,頭部と分離したボール型のボディが転がりながら移動する姿は,「かわいさ」を醸出する。結果,「BB-8」は,作品の中で一,二を争う人気キャラクターとなった。2016年12月16日に公開された「ローグ・ワン」では,ヒト型ロボット「K-2SO」が,反乱軍の将校キャシアン・アンドアの相棒として初登場した。何かと一言多いキャラクター設定である。「スター・ウォーズ」シリーズに登場する,これら人工知能「C-3PO」「R2-D2」「BB-8」「K-2SO」は,あくまでも人間がコントロールできる「道具知」と位置づけられる。映画「スター・ウォーズ」で描かれる人工知能は,「人間中心」のキリスト教観を基盤として,人工知能(ロボット)はあくまでも人間がコントロールできる存在であり,日本のSF 作品で描かれる「自律知」(汎用人工知能)のロボットと性格を異にする。「道具知」(特化型人工知能)とは,「自律知」(汎用人工知能)と対照する表現であり,人工知能の評価を「いかに便利な道具か」という視点でその知能の有無を評価する立場から捉えられ,「道具としての知的さを実現するために知的な情報処理モジュールを数多く組み込まれて構成されるロボット」である。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

「シンギュラリティ(技術的特異点)」とは,人工知能が人間の能力を超える時点を言う。ヒトは自らの学名を傲慢にもホモ・サピエンス(賢明なヒト)と名付けたが,ホモ・スタルタス(愚かなヒト)になる瞬間である。近年の急激な技術進化により「シンギュラリティ」はもはや夢物語とは言えなくなっている。英オックスフォード大学のニック・ボイスロム教授の調査では,「シンギュラリティ」が到来しないと回答した人工知能分野の研究者は僅か10% に過ぎなかった。厚生労働省発表に拠れば,2016 年に生まれた子供の数(出生数)が98 万1,000 人となり,初めて100 万人を割り込んだ。出産に携わる20 ~ 39 歳の女性は2010 年(1,584 万人)から2014 年(1,423 万人)の4 年間で160万人以上減るなど構造的な問題であり,今後も進展する。団塊世代のピーク1949 年には269 万,第2 次ベビーブームのピーク1973 年には209 万人もいたから,半分以下の激減である。猛スピードで少子高齢化が進展する日本では,特定職種における労働力不足が深刻化している。人手不足を解消する,という社会的要請に応じる形で,人工知能の浸透が進む。人工知能に置き換えられる労働人口の割合はアメリカ(47%)やイギリス(35%)と比べて,日本(49%)が最も高い。これは,労働者が比較的守られて来た日本で,置き換えが遅れていたためである。人工知能の進化によって,産業構造や人の働き方が激変する。伴って,近い将来,私たち生活者の価値観や生き方が大きく変わるようになる。人工知能によって労働や生活における問題の大半が解決された場合,人間はどのような悩みを持つ存在になるのか。人工知能の進化は,人間の拠って立つ軸,例えば,信念や価値観,行動の判断基準を変えることを迫る。日本人は子供の頃から「働かざるもの食うべからず」と教えられ,「勤勉」を尊ぶ価値観が日本人の精神には深く根付いて来た。しかし,2016 年女性人気が爆発した深夜アニメ「おそ松さん」は,6 人の兄弟が揃って定職に就かず,遊んで暮らす「脱労働化生活」を送る。全員同じ顔と性格を持つ6 つ子が登場していた原作に対し,それぞれに細かくキャラクタを設定し声優の割り当てを別としたことにより,キャラクタごとに「推し松」と呼ばれる熱狂的な女性ファンが続出し,社会現象となった。人間は,2030 年に到来すると予想される「シンギュラリティ」以降には,仕事を減らすための人工知能が増え,「おそ松さん」的脱労働化生活を送るようになる。「おそ松さん」的ライフスタイルとは,ある程度,物質的な欲望を満たした場合,「モノ」の充足を超えて,文化や芸術,旅行,あるいは自分自身の想い出など,「コト」についての関心を増やすことである。政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るために必要とされる現金を支給する「ベーシック・インカム」制度の導入により,お金のために労働する,お金を使って消費するという生活から少しでも自由になることを可能にする。社会のために必要な「仕事」を人工知能が肩代わりしてくれるのであれば,賃金が支払われるだけの「労働」を行うことを中心とした生き方よりも,個性を大切にする生き方の方が余程「人間らしい」と言える。過去の常識に振り回されることを防いで,創造的な行動を行うことが,「おそ松さん」的「脱労働化生活」を実現することである。歴史家ホイジンガが説いた「人間はホモ・ルーデンス(遊ぶ存在)」の体現である。
著者
植田 康孝 野津 めぐみ
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.32, pp.203-221, 2022-03-15

本稿は,リベル・エンタテインメントが提供しているスマートフォン向けアプリゲーム「A3!(エースリー)」を舞台化した,「MANKAI STAGE『A3!』」におけるキャラクターの感情や発言傾向を分析し,女性客が2.5 次元舞台でキャラクターらしさを感じる理由について考察することを研究目的とする。「MANKAI STAGE『A3!』」動画から音声合成技術を用いてテキスト変換,関連するウェブサイトや書籍で補足して,セリフからキャラクター達の特徴を挙げ,舞台における“らしさ”の表現を分析した。「MANKAI STAGE『A3!』」において「キャラクターのファンは,他のキャラクターとのやり取りで感じられる関係性から物語における“推しらしさ”を見出しており,舞台ではキャラクター同士の関係性を見せることで“らしさ”が表現されている」と仮説を立てた。本稿では,2020 年までに上演された公演の戯曲本全6 冊から劇中の会話データを抽出し,自然言語解析を用いてキャラクターごとに分析した結果を基にキャラクター同士の関係性や傾向などについて図表を作成することにより,仮説を検証した。使用したソフトは過去のデータをAI に学習させて言語理解力を培っている。人だのみでは素早く正確に分析することが出来ないため,恣意性を排除できる人工知能(AI)が最適な分析手法と捉えた。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.29, 2019-03-15

アイドルグループの一部はメンバーを次々と変えるが,人気グループはメンバーの誰かが卒業・新加入を繰り返して新陳代謝することにより,その変化に柔軟に対応し,進化を遂げることに成功している。メンバーやファンは寂しさを感じながらも,新たな出発点を経てグループは更に強くなって行く。以前のアイドルの「解散」「引退」宣言は,どれも悲壮であったが,近年の「卒業」「活動休止」「充電」発表には悲壮感はなく,清々しいくらいに前向きとなっている。ヴァーチャルコミュニケーションを継続することにより,ファンとの関係をそのまま継続することが出来,様々な経験をした後で芸能活動に復帰したりするケースも増えている。 2017 年9 月27 日,安室奈美恵が1 年後の引退を発表すると,「安室ロス」を嘆くファンが続出した。2018 年9 月16 日,平成を代表する歌姫であった安室奈美恵は,ファンに,社会に,音楽界に大きな足跡を残し引退した。閉塞した時代,現状の自分や社会への不満など暗い話題の多かった「平成」に,安室奈美恵は女性の憧れの「アイコン」になった。地位にしがみつかない清々しい引退劇を目に焼き付け,感謝の思いを伝えようとファンは「社会現象」と呼ばれる程に共鳴した。平成が終わる前に,平成を象徴する歌姫はステージを去った。そして,嵐が活動休止する。平成元年6 月に「歌謡界の女王」美空ひばりが亡くなり,昭和が美空ひばりと共に去ったことを想起させる。 このような社会的な注目を浴びて惜しまれつつ去っていく人がいる一方,人知れず去っていく者,業界から追われる人など 「有名人の引き際」は千差万別である。毎年多くのタレントを輩出するアイドルは,引退や卒業が多い。ブレイクする一握りのアイドルに隠れ,ひっそりと消えて行くアイドルは少なくない。「アイドル戦国時代」と言われたブームは収束,メジャーアイドル,インディーズアイドル共に,卒業(引退),解散,活動休止が増え,多くのファンを悲嘆に暮れさせている。昨今も「SMAP ロス」「福山ロス」「堀北ロス」「アムロス(安室ロス)」「さや姉ロス」「なあちゃん(西野)ロス」「嵐ロス」などのショック(精神的な空洞)現象が指摘された。「行動経済学」では,損は得をした場合より2 倍の心理的な負担が掛かるとされる。推しメンの卒業という損失が回避することが出来なかった場合のファンに掛かる心理的負担は極めて大きい。本稿においては,複雑な「アイドル」パンデミック現象を,仮に経済学の前提に当て嵌めて,単純に数理モデル化した場合における定量化評価を行うことを試みる。「パンデミック」と呼ばれるほどに大きな社会現象でありながら,これまで未整理のまま論じられることが多かった「アイドル」の「ファン心理」に関して,多くのレポートや著書に欠落した部分を学術的に補完する。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.29, 2019-03-15

物事が変化する時には,予想を超えて急速に非連続的に変化することがある。物理学で言う「相転移」に相当する時代転換である。アイドルの世界における「相転移」は,メディアの変化をきっかけとして生じた。人工知能(AI),情報通信などが急速に発展する中で,アイドル・エンタテインメントも予想を大きく上回る速さで進展している。 経済,社会が移り変わる中で,アイドル業界はメディアの劇的な変化に適応しながら,あの手この手でマーケットを切り拓いて来た。人口減少により,国内でアイドルのファンになる人の数は確実に減って行く。アイドル分野は幸いにも不況を抜け出し,新しい技術やモデルが生み出された「多面的な確変モデル」に入っている。21 世紀に入り,昭和のマスメディア型思考から捉えて「音楽番組がまた一つなくなった」「CD が売れない」「音楽は斜陽産業である」という論調が支配的であったが,ライブ,握手会,サイン会などの「直接コミュニケーション」,SNS,動画配信,音楽配信などの「ヴァーチャルコミュニケーション」の高まりにより,アイドルを取り巻く状況はドラスティックに変わっている。インターネットを使ったライブ配信の発達・普及に伴い,最近数年でアイドルファンは質的に変化した。かつて女性アイドルのファンは男性が中心であったが,アイドルが発信するメイクやファッションの情報に興味を持つ女性ファンが急増するようになっている。楽しみ方が多様化した中で,生まれたのが現在のアイドルブームである。ブームをリードする存在が,乃木坂46,欅坂46,けやき坂46 の「坂道シリーズ」とTWICE,BLACKPINK などの「KPOP」である。かつてのアイドルはテレビや雑誌を通して,歌や踊り,かわいさを見せることが第一であったが,現在は,個々のメンバーがインターネットを通して表情豊かにキャラクターを見せることにより,ファンの裾野を拡大している。ライブ中継を通して自然体で振る舞うことは,デジタル時代のアイドルのあり方を象徴する。かつてのアイドルは手の届かないセレブが中心であった。AKB48 は素人が成長していく姿を男性ファンに訴求するアイドルグループであった。一方,現在,アイドル・エンタテインメントの頂点に立つ坂道シリーズは,そのどちらでもない,男性ファンだけでなく,同性ファンにも憧れと親しみの両方の感情を抱かせる絶妙な距離感を保つ独自の強みを打ち出すことに成功した。 本稿は通常,定性的にしか議論されないアイドルとファンのコミュニケーションについて数理モデルを援用して科学的アプローチを試みたことに,新規性と独自性を伴う。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

「シンギュラリティ(技術的特異点)」とは,人工知能が人間の能力を超える時点を言う。ヒトは自らの学名を傲慢にもホモ・サピエンス(賢明なヒト)と名付けたが,ホモ・スタルタス(愚かなヒト)になる瞬間である。近年の急激な技術進化により「シンギュラリティ」はもはや夢物語とは言えなくなっている。英オックスフォード大学のニック・ボイスロム教授の調査では,「シンギュラリティ」が到来しないと回答した人工知能分野の研究者は僅か10% に過ぎなかった。厚生労働省発表に拠れば,2016 年に生まれた子供の数(出生数)が98 万1,000 人となり,初めて100 万人を割り込んだ。出産に携わる20 ~ 39 歳の女性は2010 年(1,584 万人)から2014 年(1,423 万人)の4 年間で160万人以上減るなど構造的な問題であり,今後も進展する。団塊世代のピーク1949 年には269 万,第2 次ベビーブームのピーク1973 年には209 万人もいたから,半分以下の激減である。猛スピードで少子高齢化が進展する日本では,特定職種における労働力不足が深刻化している。人手不足を解消する,という社会的要請に応じる形で,人工知能の浸透が進む。人工知能に置き換えられる労働人口の割合はアメリカ(47%)やイギリス(35%)と比べて,日本(49%)が最も高い。これは,労働者が比較的守られて来た日本で,置き換えが遅れていたためである。人工知能の進化によって,産業構造や人の働き方が激変する。伴って,近い将来,私たち生活者の価値観や生き方が大きく変わるようになる。人工知能によって労働や生活における問題の大半が解決された場合,人間はどのような悩みを持つ存在になるのか。人工知能の進化は,人間の拠って立つ軸,例えば,信念や価値観,行動の判断基準を変えることを迫る。日本人は子供の頃から「働かざるもの食うべからず」と教えられ,「勤勉」を尊ぶ価値観が日本人の精神には深く根付いて来た。しかし,2016 年女性人気が爆発した深夜アニメ「おそ松さん」は,6 人の兄弟が揃って定職に就かず,遊んで暮らす「脱労働化生活」を送る。全員同じ顔と性格を持つ6 つ子が登場していた原作に対し,それぞれに細かくキャラクタを設定し声優の割り当てを別としたことにより,キャラクタごとに「推し松」と呼ばれる熱狂的な女性ファンが続出し,社会現象となった。人間は,2030 年に到来すると予想される「シンギュラリティ」以降には,仕事を減らすための人工知能が増え,「おそ松さん」的脱労働化生活を送るようになる。「おそ松さん」的ライフスタイルとは,ある程度,物質的な欲望を満たした場合,「モノ」の充足を超えて,文化や芸術,旅行,あるいは自分自身の想い出など,「コト」についての関心を増やすことである。政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るために必要とされる現金を支給する「ベーシック・インカム」制度の導入により,お金のために労働する,お金を使って消費するという生活から少しでも自由になることを可能にする。社会のために必要な「仕事」を人工知能が肩代わりしてくれるのであれば,賃金が支払われるだけの「労働」を行うことを中心とした生き方よりも,個性を大切にする生き方の方が余程「人間らしい」と言える。過去の常識に振り回されることを防いで,創造的な行動を行うことが,「おそ松さん」的「脱労働化生活」を実現することである。歴史家ホイジンガが説いた「人間はホモ・ルーデンス(遊ぶ存在)」の体現である。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.28, 2018-03-31

日本のメディアは権力に隷属し批評する力を失ったと言われて久しいが,エロスはその自由さと不穏さを増して,一段と注目を集めるようになっている。特に日本では,2011年の東日本大震災以降,「絆」という言葉で同調圧力が膨張し,東京五輪に向けて「倫理」が権力に都合良く利用される状況下,エロスは政治や社会に隷属しないことを敢えて表明しているかのように映る。エロスは権力が絶対的な存在として位置付けようとする東京五輪を相対化することに成功する。東京五輪を前に,「五輪至上主義」とも言えるナショナリズムが急速に高まっており,その礎に再び学校教育とマスメディアが位置する。日本選手を「皆で応援しよう」として「絆」や「一丸」を求める政治や教育スタンスは,リテラシーが弱い有権者や学生・生徒には正当性を持って受け入れられ易く,ナショナリズムの拡大を図りたい権力側に好都合な土壌を供与する。プロスポーツは国や民族の壁を越えて競争するところに良さがあるが,五輪ではその競い合いが国や民族間の違いを際立たせてしまう。極端な愛国主義や他者への偏見,差別を生み易い土壌を醸成し強化している。このような同調圧力の高まりは現代の日本社会にも暗い影を落としている。在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチ(憎悪表現),生活保護受給者へのバッシング,小中学校での様々な形でのいじめ,福島県の被害者が避難先でいじめや差別を受ける事件,有名大学学生による女性集団暴行事件,モンゴル人飲み会における貴ノ岩に対する暴力事件など,集団による同調意識とそれに伴う異質な人や弱い立場の人に対する不寛容な空気が現代の日本社会に広まっている。同調的で排他的な社会において,人々は幸せになれない。「右へ倣え」の風潮は「合成の誤謬」を生じさせる。 学校教育で行う他律的なエンタテインメントを「子供向けエンタテインメント」とするならば,「ナイト・エンタテインメント」は自律的に楽しむ「大人向けエンタテインメント」と捉えられる。「子供向けエンタテインメント」が「倫理的」「隷属的」「抑制的」「権力迎合」「受容」「集団規律的」「保守的」であるのに対し,「ナイト・エンタテインメント」は「快楽的」「開放的」「反権力」「自己表現」「反集団的」「革新的」という特徴の違いがある。いつの時代も,「愛」「恋」「性愛」を意味するギリシャ語「エロス」を表現する芸術家たちは,権力と戦うことを自分の矜持と考えて来た。エロスは,大衆文化を規制する政治の圧力から逃れる「個人の自由」を意味した。エロスには,音楽や映画など他のエンタテインメント,新聞やラジオ,テレビなどマスメディアと異なり,前衛的表現として芸術を牽引して社会に影響を及ぼして来た過去の歴史を有する。プロパガンダ(政治宣伝)など権力に都合良く利用される危険性が極めて低いことが,他のエンタテインメントやマスメディアにない特徴を有する。しかも,時に「アート・パワー」として政治や社会に働き掛け,緩やかに変容させる作用も兼有する。分かり易く即物的な価値観が重視される現代においては,エロスは社会に対して閉ざされた場所で提供されるエンタテインメントであるからこそ,反権力的,反集団的な要素が蓄積され,新しい発想に繋げることが出来る。
著者
植田 康孝 榎本 優奈
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.30, pp.397-405, 2020-03

近年,ストリーミングの台頭で音楽の聴き方が大きく変わりつつある。スマートフォンが変えた様々な生活スタイルの中でも,音楽は劇的に変化した消費行動の一つである。利用者の嗜好に合わせて人工知能が推薦曲を自動的に生成し,日々変化させる。ストリーミングを利用することにより,音楽消費が好みのアーティストや楽曲,アルバムを指定して聴くスタイルから,プレイリスト中心のスタイルへと大きく変化した。ストリーミングを使ってヒットするためには,プレイリストの活用が重要になる。そして,プレイリストに採用されるためには,繰り返し聴けるBGM にもなる楽曲となることを必要とする。色々なプレイリストに入る楽曲の方が再生回数を伸ばすには,メタルのような激しいサウンドの楽曲よりも,歌詞をじっくりと聴ける楽曲の方が適する。ストリーミングランキングにおいては,売り上げや動員よりも再生回数が指標となり,繰り返して何度も聴きたくなるシンプルな「楽曲の良さ」がヒットに直結する。レコード会社,アーティスト,芸能事務所,マスメディアの力が弱まり,歌詞や楽曲が重要となっている。この点がCD シングルランキングとの大きな違いである。 「あいみょん」も「トップ50」や「ネクストブレイク」など,各社の公式プレイリストに入ったことがストリーミングにおける人気に繋がった。「あいみょん」が人気となった最大の理由として,歌詞の良さが挙げられる。歌詞に彼女が得た人気の原因があり,ストリーミングという何度でも繰り返し聴きたくなる楽曲に有利なメディアと相乗効果を生んだことが,デビュー以降の急激な人気上昇を生み出した。本研究は,「あいみょん」の歌詞に着目,テキストマイニングにより歌詞を数量化したデータに考察を加えた。「あいみょん」の歌詞を分析すると,アーティストらしさが意識された語として「君」「僕」「あなた」「2 人」がすべての楽曲において多用されていることが分かった。
著者
植田 康孝

本研究の目的は, 2012 年6 月6 日に開票された「(第4 回) AKB 48 27th シングル選抜総選挙」について,ユニット化のメリットとロングテール構造を確認して, 且つインターネットの影響を実証するものである。本研究の実証結果より, 「総選挙得票数」に与える, 「ユーチューブ(政見放送) 再生回数」の弾性値は0.47,「Google+登録ユーザー数」の弾性値は0.97 であることが明らかとなった。劇場からスタートしたため, 元来, AKB 48のファンは自ら「参加したい」「発信したい」という欲求が高い。最大公約数を狙うマスメディアが提示する世界ではなく「自分の興味関心が高いメンバーに近い世界を構築したい」と考えるファンで構成されている。ところがテレビは時間的制約があるため, ファンのニーズを満たし得ない。一方, 制約がないインターネット上では,興味関心メンバー毎のコミュニティが形成され, ファンはマスメディアより満足度を高めることができる。 こうしたコミュニティが増殖するに従い, ファンが活用する情報メディアとしてマスメディアからインターネットへのシフトが進んだ。AKB 48 の場合, 従来のアイドルと異なり, テレビ番組や歌番組などマスメディアでの露出よりも, 「ユーチューブ(政見放送)」や「Google+」などのインターネットや, 秋葉原「ドン・キホーテ」8 階にある「AKB 48 劇場」やCD 購入者を対象とした「全国握手会」など「ライブ・イベント活動」の影響の方が大きいとかねてより指摘されていたが, 本稿での実証結果もこれを裏付けており, 今後のアイドル・プロモーションにおけるメディア選択の方向性の一つを示したと言える。
著者
植田 康孝
出版者
人工知能学会
雑誌
人工知能学会全国大会論文集 (ISSN:13479881)
巻号頁・発行日
vol.31, 2017

人工知能の進化により私たちの価値観や生き方が変わる。日本人は勤勉を尊ぶ価値観を根付かせて来たが、アニメ「おそ松さん」は6人兄弟が遊んで暮らす脱労働化生活を送る。「おそ松さん」的ライフスタイルとは、政府がベーシック・インカムを支給して物質的欲望を満たした場合、文化、芸術、旅行など「コト」についての関心を増やすことである。賃金が支払われるだけの労働を行う生き方に代わり、個性を大切にする生き方となる。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.29, 2019-03-15

物事が変化する時には,予想を超えて急速に非連続的に変化することがある。物理学で言う「相転移」に相当する時代転換である。アイドルの世界における「相転移」は,メディアの変化をきっかけとして生じた。人工知能(AI),情報通信などが急速に発展する中で,アイドル・エンタテインメントも予想を大きく上回る速さで進展している。 経済,社会が移り変わる中で,アイドル業界はメディアの劇的な変化に適応しながら,あの手この手でマーケットを切り拓いて来た。人口減少により,国内でアイドルのファンになる人の数は確実に減って行く。アイドル分野は幸いにも不況を抜け出し,新しい技術やモデルが生み出された「多面的な確変モデル」に入っている。21 世紀に入り,昭和のマスメディア型思考から捉えて「音楽番組がまた一つなくなった」「CD が売れない」「音楽は斜陽産業である」という論調が支配的であったが,ライブ,握手会,サイン会などの「直接コミュニケーション」,SNS,動画配信,音楽配信などの「ヴァーチャルコミュニケーション」の高まりにより,アイドルを取り巻く状況はドラスティックに変わっている。インターネットを使ったライブ配信の発達・普及に伴い,最近数年でアイドルファンは質的に変化した。かつて女性アイドルのファンは男性が中心であったが,アイドルが発信するメイクやファッションの情報に興味を持つ女性ファンが急増するようになっている。楽しみ方が多様化した中で,生まれたのが現在のアイドルブームである。ブームをリードする存在が,乃木坂46,欅坂46,けやき坂46 の「坂道シリーズ」とTWICE,BLACKPINK などの「KPOP」である。かつてのアイドルはテレビや雑誌を通して,歌や踊り,かわいさを見せることが第一であったが,現在は,個々のメンバーがインターネットを通して表情豊かにキャラクターを見せることにより,ファンの裾野を拡大している。ライブ中継を通して自然体で振る舞うことは,デジタル時代のアイドルのあり方を象徴する。かつてのアイドルは手の届かないセレブが中心であった。AKB48 は素人が成長していく姿を男性ファンに訴求するアイドルグループであった。一方,現在,アイドル・エンタテインメントの頂点に立つ坂道シリーズは,そのどちらでもない,男性ファンだけでなく,同性ファンにも憧れと親しみの両方の感情を抱かせる絶妙な距離感を保つ独自の強みを打ち出すことに成功した。 本稿は通常,定性的にしか議論されないアイドルとファンのコミュニケーションについて数理モデルを援用して科学的アプローチを試みたことに,新規性と独自性を伴う。
著者
植田 康孝 木村 真澄
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

日本人は,鉄腕アトム,ドラえもんなど,いつの時代も人間そっくりのヒト型ロボットに憧れて来た。そして,その憧れは,近年,技術革新が著しい人工知能へと結び付く。人間のように動き,時に感情まで持つアンドロイド(ヒト型ロボット)は様々なSF マンガに登場するため,今やエンタテインメントには欠かすことが出来ない存在になっている。鉄腕アトムやドラえもんといった,ロボットを題材としたアニメが人気となった日本では,特にヒト型ロボットの研究が先行して来た。コミュニケーションが出来るヒト型ロボットは海外でも需要が高い。日本以外にも少子高齢化に悩む国では新たな労働力が必要となるためである。サービス業でロボットを利用すれば,生産性を向上して経済成長を促すことが出来る。日本は,福島第一原発,少子高齢化に伴う健康・医療,介護,労働力不足,地方経済の疲弊など数多くの課題を抱えるが,課題解決するためには人工知能(ロボット)の活用が不可欠である。課題先進国であるからこそ,人工知能の開発が進むチャンスである。 問題となるのは,ロボットが獲得する「自律知」である。人間が作り出す人工知能を搭載する最新のロボットは果たして「心」を持つことが出来るのか。「感情」や「自意識」を持った「人格」がロボットに宿るのか。議論の分かれ目は「感性」や「意識」,そして「精神」や「魂」といったある種の神秘性をロボットが持てるか,それともそれらがロボットには欠落するか,という点に尽きる。この問題は,ハリウッドのSF 映画における見方と日本アニメ文化の見方で大きく分かれる。西欧キリスト教文明では,心を持つのは人間だけに限定され,動物には心はないと考える。ましてやロボットのような無機物の「魂」には「心」も「魂」もないと考える。一方,日本人は,路傍の石やモノノケなど森羅万象あらゆるモノに「モノの気」があると考えて来た。もちろん森羅万象の「気」「魂」「心」「意識」「自我」には様々な階層があるが,自然に対するそのような見方の下では,人間以外の存在も「心」や「魂」を持てることを,日本人は自然に受け入れることが可能になっている。 「ドラえもん」や「鉄腕アトム」のような「自律知」を持った「汎用人工知能」を実現するためには,2つの問題を解決しなければならない。人工知能のシステムに価値観を「植え付ける」という技術的問題と,その価値観はどういうものにするべきかという倫理的問題である。道徳論はいわば,人類の永遠のテーマとして扱われて来た。何千年も前から議論が続いているが,私たちはいまだ道徳論に対する「正解」を見つけられずにいる。汎用人工知能として日常生活に溶け込むロボット「ドラえもん」にどのような倫理観を植え付けるべきかという正解を見つけることは,今後ともに議論の余地を残す。軍事ロボットを開発する米国や中国と異なり,ロボットを平和用途に限定して用いる日本が果たすべき役割は大きい。いつの時代も問われているのは人間の倫理観である。
著者
植田 康孝 廣田 有里

本稿は,音楽業界で起きているAKB48 のWTA(Winner Takes All:勝者の市場独占)状況と至ったメカニズムを分析することを目的とする。ネットワーク外部性,収穫逓増,経路依存性が働かないはずの音楽ソフト市場において,WTA 現象に至ったメカニズムの解明を試みた。解明にあたっては,社会学,人文学,経済学のアプローチを援用した。分析を行った結果,音楽ソフト市場においてWTA 現象が観察された。更に,AKB48 が歌う歌詞のテキストデータにテキストマイニングとコレスポンデンス分析を施した結果,東日本大震災や福島原発事故などの社会危機の状況下,経済的にも社会的にも心理的にも挫折した若者に対して,AKB48 が発する歌詞の中に,「希望」や「ポジティブ」を示す語句が多く含まれ,共起頻度が高いことが観察された。AKB48 は震災以降,歌詞の内容,曲調,支援活動を含めて価値あるシステムとなる「エコシステム」を人々に提供している証左である。