- 著者
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八木 貞助
- 出版者
- Tokyo Geographical Society
- 雑誌
- 地学雑誌 (ISSN:0022135X)
- 巻号頁・発行日
- vol.44, no.3, pp.126-132_1, 1932
長野市を東北に距ること約二十粁の庭山岳に園まれた小盆地に古來著名なる温泉郷がある。名づけて山之内温泉といふ。昭和三年長野屋代等から此地に電車が通するに至つて頓に資展の機蓮を将來して居る。山之内温泉とは下ヒラすアンダイカノバヤシホノポカクマ高井郡平穏村の湯田中、安代、澁、上林、地獄谷、登補、熊之湯の七湯と穗波村の角問との入湯を包括したもので、燥田中、安代、澁の三湯は相連績して湯町をなし、他のものは近きは三十分遠きも三四時間を以て互に幸絡せられ、附近には琵琶池、幕岩及志賀高原の湖沼、燒額ヤケピタイ山、岩菅山、笠岳、白根山等散策探勝する所に富み、其標高大孚は六七百米に幸するから盛夏暑熱を知らす、冬も寒氣激しとはいはす、白雪にスキーを走らすの快もあり、遠ぐは西に日本アルプス及飯網、黒姫、妙高、戸隙、斑尾ママドロ等五岳の秀麗を望み、近くは夜間瀬に俗耳を洗ひ得るのである。四時の風光亦明媚人情は素朴で宿含も近代的に施設されて、社會の各階級を迎ふに遺憾はない。今其各湯に亙つて大要を録したいと思ふ。<BR>本文に記載した事項及棄温度、湧出攣水素イオン濃度 (P. H.) 等各種の測定は昭和二年以降のものが大部分である。調査上多くの人々の助力を得たことを戚謝するものである。