- 著者
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尾河 武雄
- 出版者
- 一般社団法人 電気学会
- 雑誌
- 電氣學會雜誌 (ISSN:00202878)
- 巻号頁・発行日
- vol.57, no.582, pp.2-15, 1937
- 被引用文献数
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十九世紀の末葉黒鉛炭素刷子の出現以來,1900年頃から1910年頃に至る迄の直流機械の發達を略述し,特にArnold氏及びその學派による輝しい業蹟に觸れた後,最近40年間に於ける整流理論並に刷子の研究が相伴うて發達して來た所以を述べて緒言とし,先づ静止接觸に於ける三點接觸理論及び是が滑動接觸に對して如何に適用さる可きかを示した。その内接觸抵抗が面積に依存せず接觸部に加へられる全壓力のみに依存する事に關しては稍詳細に説明し,Stine氏の實驗,Baily, Cleghorne兩氏の研究を紹介すると共にHunter-Brown氏の反對論等をも檢討した。猶滑動接觸の機械的,電氣的特性に關し接觸面に於ける酸化皮膜並にローマン氏膜の存在が導電に如何なる影響を有するかを略述した。<br>次に刷子に於ける火花の發生状況を指摘し,火花の種類を弧光,舌状火花,射出火花,眞珠火花の4種類に區別してその各々の特徴と原因とを述べ,刷子が陽極の場合及び陰極の場合に於ける相違に就て説明を加へた。眞珠火花は一般に火花と云へばこの種のものを意味する程普通のものであるから,これに就ては稍詳細に亙つて述べた。<br>運轉を始めて暫く經つてから火花を發生する原因としては,一部論者の云ふ如く,温度上昇によつて整流子が膨脹する事又は接觸抵抗が變化する事等に仍るに非ず,寧ろ摩擦の不規則性が増加するによるものと爲した。火花發生の動機に關し主電流を整流した結果發生するものと,高い電位差に基く横流によつて發生するものとを區別し,過補償及び不足補償の場合に於ける整流状況を一瞥した。<br>次に機械的振動が刷子の動作に及ぼす影響としてSchliephake氏の研究やArnold氏の實驗を述べた後,摩擦係數の變化に及ぼす整流子周速の影響,刷子原料及び製造工程の影響を述べ,是等の原因によつて生ずる摺音の害に言及した。<br>濕度が刷子の動作に及ぼす影響としては濕度大に過ぎる場合のローマン氏膜の成長並に電流々過がそれに及ぼす效果を述べ,濕度低きに過ぎる場合に於ける摩擦の増加,從つて生ずる刷子の急激な削磨に就て述べた。<br>Copper-pickingに就ては從來定説なきも,整流子が陽極で刷子が陰極の場合,接觸が離れる時に生ずる斷續電弧のため整流子片をなす銅の陽極的蒸發によつて銅がイオンの形で陰極たる刷子に向つて移動するものとなし,同時に古典的な諸説をも紹介した。刷子の磨耗に關しては電流作用を伴はざる純機械的の磨耗,電流作用の影響の下に於ける機械的磨耗,及び機械的には無關係の純電氣的磨耗を區別すべき事を述べ,實際の場合に照應して是等の各種磨耗が如何に機械の動作に影響するか,猶此の種の問題に關しては保守を忽にすべからざる所以を述べた。<br>次に並列使用刷子に於ける不均等電流分布につき整流子と刷子間の接觸抵抗の變化が最も大きな原因である所以を述べ,この不均等電流分布に伴ふ害,特にグローの發生に言及した。猶之に對する手段として整流子面の研磨,刷子接觸面に縦横に溝を切る事,或はFisk及びFort兩氏の提唱する如く整流子に螺旋形の溝を切る事等に就ても述べた。<br>最後に火花發生を中心として見た刷子の實用試驗法としてSchliephake, Punga, Schenfer, Aparoff等の諸氏及び筆者の各法に就て述べ,刷子の研究が今日非常に遅れて居る事を警告し,特に國産の聲喧しい現在,一日も早く國産優秀刷子の出現を待望する所以を述べて結論とした。