著者
浅井 章治 村瀬 勝美 社本 英 水野 孝
出版者
Japan Society of Civil Engineers
雑誌
土木史研究 (ISSN:09167293)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.319-325, 1991

納屋橋は、名古屋市の中心部を南北に流れる堀川に架かる橋長27m.幅員30mの鋼桁橋である。この橋は慶長15年(1610年)の名古屋の誕生と同時に架けられ、以後数次にわたる改築を経て現在の姿になっている。<BR>380年間ひたすら名古屋のまちの発展を支えてきた納屋橋は、明治43年から大正2年にかけての改築で、それまでの木橋から近代的な鋼アーチ橋に生れかわり、花崗岩の重厚な親柱や郷土三英傑の家紋を配した鋳物の高欄、橋の中央部に設けられたバルコニーなど、当時の社会情勢を反映した豪華なものであった。<BR>当時の名古屋市民は、この新しい橋が誕生したことを歓迎し、橋の開通式には多数の市民が参加したと記録されている。以後、この橋は名古屋のメインストリートである広小路通りとともに市民に親しまれ、周囲の街の発展にも大いに貢献してきた。<BR>橋梁景観という言葉が目新しかった昭和50年代初期に、納屋橋が当時の幅員21.8mから都市計画幅員である30mに改築されることになったが、この橋の歴史が橋の修景に大きなインパクトを与える事になった。<BR>橋梁形式はアーチから桁橋になったが、外見上はアーチ形式の飾り桁の採用や高欄の修復、親柱の復元等、明治から大正にかけて改築された当時の姿をほぼそのまま再現したものであるが、これからの橋梁景観の整備に一つの指針を与えるものである。現在の納屋橋を歴史という観点から再評価してみると、(1)技術・素材・意匠などにおいて、時代の節目を伝える土木文化財、(2)名古屋のまちの歴史を伝える記念碑であるという事ができる。また、景観整備という観点からは、(3)整備の一手法として復元の在り方を示す、(4)明治の情緒を今に伝える橋であるということができる。<BR>名古屋の堀川には納屋橋の架設と同時に六橋が架けられたが、これらの修景についても以上の経験が生かされるとともに、今後に計画されている堀川の環境整備や周辺の都市景観の整備にも生かされることが期待される。

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