- 著者
-
木村 卓二
- 出版者
- 日本スポーツ社会学会
- 雑誌
- スポーツ社会学研究
- 巻号頁・発行日
- vol.21, no.2, pp.89-96, 2013
オリンピック憲章の「オリンピズムの根本原則」の2に記されるように、「人間の尊厳保持に重きを置く、平和な社会を推進すること」は、オリンピズムの目的の1つである。また、環境問題は、オリンピックにとって重大な議事項目の1つとなっており、2012年ロンドン大会は、「世界初の持続可能な大会」の開催を標榜した。<br> 2010年7月、国際オリンピック委員会(IOC)は、ベトナム戦争の際に使用された枯葉剤「エージェント・オレンジ」の製造、1984年にインドで発生した世界最悪の化学工場事故「ボーパール化学工場事故」の責任など、環境問題と人道的問題の責任を問われる化学製品メーカー、ダウ・ケミカル社と、オリンピックのスポンサー契約を結んだ。これに対し、被害者、政治家、人権団体、選手という多次元のアクターが、IOCとダウ・ケミカルとの提携に反対の意を表し、抗議運動を展開した。2012年オリンピック開催都市ロンドンの市議会は、大会開会直前、ダウ・ケミカルとの契約見直しをIOCに求める動議を可決した。<br> オリンピック憲章には、「環境問題に関心を持ち、啓発・実践を通してその責任を果たす」ことが「IOCの使命と役割」として明記されている(規則2の13)。逆説的だが、IOCは、ダウ・ケミカル社との契約で数多くの抗議運動を巻き起こしたことにより、環境問題の啓発を促進した。<br> 企業には、営利活動を超えた、企業の社会的責任(CSR)が問われている。表層的な環境への配慮を示し、環境領域でのCSRの低評価を覆す、「グリーンウォッシュ」という戦略がある。CSRに照らした企業の倫理的責任の評価をIOCが蔑ろにする限り、オリンピックはグリーンウォッシュの舞台として利用され続ける可能性を有している。ダウ・ケミカルのスポンサーシップに対する世界規模の抗議運動は、IOCに対し、倫理的規範に照らしたスポンサー評価を迫っている。