著者
岡田 桂
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.37-48,106, 2004

英国や欧州におけるサッカー・リーグの試合では、時おり、男性選手同士がキスし合うパフォーマンスが見受けられる。こうした行為は、ゴールを決めた際の感激の表現として理解され、受け入れられてはいるが、通常想定される「男らしさ」の価値観からは逸脱している。近代スポーツは、その制度を整えてゆく過程で、男らしさという徳目に重点を置いた人格陶冶のための教育手段として用いられてきた経緯があり、サッカーを含めたフットボールはその中心的な位置を占めていた。それではなぜ、男らしさの価値観を生みだしてゆくはずのサッカー競技の中で、「男らしくない」と見なされるような行為が行われるのだろうか。この疑問を解く鍵は、近代スポーツという制度に内在するホモソーシャリティにある。男らしさの価値観を担保するホモソーシャリティは、異性愛男性同士の排他的な権利関係であり、女性嫌悪と同性愛嫌悪を内包する。サッカーをはじめとするスポーツ競技は、ジェンダー別の組織編成によって制度上の完全な女性排除を達成しており、もう一方の脅威である同性愛者排除のために、ホモフォビアもより先鋭化された形で実践されている。こうして恣意的に高められたホモソーシャルな絆によって、スポーツ界は通常の男らしさ規範に縛られない自由な表現が許される場となり、キスのような、通常であればホモソーシャリティの脅威となり得るホモセクシュアリティを仄めかすようなパフォーマンスも可能となるのである。つまり、こうした行為は「自分たちは同性愛者ではない」という確固とした前提に基づいた、逆説的な「男らしさ」の表出であるといえる。また、男性同士のキスという全く同一の行為が、プロ・サッカーという特定の文脈では「男らしさ」を表出し、他の文脈では正反対の意味を構成するという事実は、ジェンダーというものが行為によってパフォーマティヴに構築されるものであり、ジェンダーのパフォーマンスとそれが構築する主体 (不動な実体) との間の関係が恣意的なものであること、即ち、行為の実践によってそれが構築する主体をパフォーマティヴに組み替えてゆくことができる可能性を表しているといえる。
著者
高橋 豪仁
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.53-66, 1994

本研究の目的は、スタジアムにおけるプロ野球の集合的応援には、どのような型が繰り返し行われているかということを儀礼の観点から明らかにすることである。広島東洋カープの応援を事例として、広島市民球場で行われたナイトゲーム9試合を観察し、応援行為に共通して見られる型を見い出し、そこで用いられている応援のリズム・パターンを北沢の理論を援用して象徴=構造論的に検討した。この研究によって次のことが明らかになった。(1) スターティングメンバー発表時の応援、1回表前の選手のコール、攻撃前の三三七拍子や7回攻撃前の風船飛ばし等、ゲームの時間や空間の境界をしるしづけるものとして、応援がなされていた。また得点、出塁、アウトを取る等のゲームの状況に合わせて、一定のパターンで、太鼓や鐘が打たれ、トランペットや笛が吹かれ、メガホンが打ち鳴らされた。応援行為の定式化と反復性が可能となるのは、スポーツの進行そのものが特定のルールによって秩序づけられていることによる。(2) 集合的応援行為において応援団は重要な役割を果たしていた。ライト側応援団、センター側応援団、レフト側応援団は、各選手のヒッティングマーチを互いにタイミングを合わせて演奏した。応援団はフィールドからのゲームの進行状況に関する情報を用いて、観戦者たちの集合力を喚起していた。(3) 応援で用いられるリズムの基本型は、農耕儀礼で用いられる「ビンザサラ」のリズムと同じであった。また、リズムの型は3拍と7拍が核となり、女性のジェンダーを表象し、現世から神々への報告である「打ち鳴らし」の形態をとっていた。このことは、プロ野球の応援において、豊饒を願う農耕儀礼と同じように、自分のチームの勝利をかなえようとして行う、日本の神話的思考に基づく呪術的な行為が表出されているということを示唆しているのかもしれない。
著者
西村 秀樹
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.5-20, 2016-10-05 (Released:2017-10-05)
参考文献数
24

大相撲は、スポーツらしからぬ部分を持つ。その最たるものは、「立ち合い」である。「阿吽の呼吸」で立つとか、「合気」で立つというように、当事者同士の相互主観的な一致の「とき」に、立ち合いは成立する。近代スポーツに見られる判定の客観的合理化の流れとはまさに逆行している。この点は、大相撲の伝統的「芸能性」と関連している。 スポーツらしからぬ部分は、明治・大正から昭和の戦前にはもっと多くあった。それらは近代的スポーツとしての未成熟さをあらわすと言えば、確かにそうであるに違いないのだが、大相撲がスポーツとして公正な勝負の論理を志向したのではなく、「祝祭」であったことが考慮に入れられなければならない。当時の国技館は、まさに「祝祭空間」であった。その「祝祭性」の充満には、近代スポーツからすればまさに未成熟に他ならないルールの「曖昧さ」や、力士の賤視される「芸人」としての身分が寄与したのである。これらが、観客を能動的な主役として熱狂させたのである。 この「祝祭」としての大相撲が「スポーツ化」していくプロセスは、興味深い。中世のヨーロッパ各地でおこなわれたフォークゲームとしてのフットボールにおいては、その近代的スポーツとしての発展の経緯は、広範囲での大規模な国際的な試合を可能にするために統一組織・統一ルールが出来上がるという内的発展の論理に求められる。それに対して、大相撲の近代化は外的・社会的状況によって推進されたのである。協会の財団法人化による品位向上・天皇賜杯認可による権威づけと、天皇制ファシズム推進による国民生活全般の「厳粛化」のなかで、大相撲の礼儀作法や観戦態度が「神聖化」されていく一方、取組や裁定にあった「曖昧さ」は排除され、公正な勝負の論理が支配的になり、ガチンコ勝負としてスポーツ化が推進されたのである。
著者
角田 聡美
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.73-85,129, 2000-03-20 (Released:2011-05-30)
参考文献数
52
被引用文献数
1 1

女子体育史研究では, 体育が女性を解放したという視点からの研究が多い。ところが, 現在の体育における男女別習が男女の身体差を前提にしているという事実は, 身体という視点からみた場合, 体育が男女の性差を肯定してきた側面を示唆する。しかし, 女子体育史研究の中で女性の身体を視野に入れた先行研究はあまりに少ない。そこで, 本研究は, 明治期における女子体育の展開について, 身体をめぐる政治という観点から歴史社会学的に分析し, 女子体育研究の再検討をする。体育に直接関わる資料からは, 女性の身体への政治に関する知見があまり得られないため, 衛生観念が女性に性別役割を固定化し, 女性の身体を男性から差異化して性的な意味を付与したという先行研究をてがかりに, 女性が中心となって発刊した, 女性のための衛生知識啓蒙雑誌である『婦人衛生会雑誌』を資料として用いた。その結果, 衛生知識の普及に伴って, 女性の身体は健康な子どもを産むための健康な母体とされた。こうした強健な女性の身体は旧来の美人像と対立していたのだが, 富国強兵政策の下, 日本人種の改良が強調されたこともあり, 体育によって女性の身体を健康にする方向へと進んだ。その過程では, 運動に適さない女性の服装, 月経, 運動する女性を揶揄する御転婆などいくつかの阻害要因が存在したが, 健康な母体を作るための女子体育は, 国家がかりで強力に押し進められた。つまり, 国家政策として女性の身体は, 衛生知識を基に体育という方法を通して, 健康な母体であることを運命づけられたのである。以上のことから, 女子体育は女性の身体に性別役割を刻印したという新たな視角を提示できたものと思われる。また, こうした女性の身体観と体育の役割を女性たち自身も支持していたことが明らかになった。
著者
西山 哲郎
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.51-60, 2014-03-30 (Released:2016-07-02)
参考文献数
23
被引用文献数
4

本稿では、日本のスポーツの場に根強く残る体罰の問題について、直接的な批判ではなく、体罰容認論からアプローチして解決の糸口を考えてみる。世界的に人権意識が高まり、日本でも教育の場で体罰容認論を主張することはほぼ不可能となっているのに、スポーツの場ではコーチ側だけでなく、選手やその保護者の側にも許容論がなくならない。その理由は、ここ日本でスポーツ活動を通じて達成が期待されている「人間の成長」や「社会化」が、諸外国とは違った発展を遂げてきたからではないだろうか。 日本のスポーツの場で、体罰が容認される際によく見られる言説は2種類に分類できる。ひとつは「礼儀作法や上下関係を守るため」で、もうひとつは「選手個人では乗り越えられない壁をコーチとの共生関係を利用して乗り越えるため」である。両者に共通するのは、競技スポーツでの業績達成より組織の維持を優先する〈集団主義〉と、自他の境界を曖昧にして、言語より身体的コミュニケーションを発達させる〈心身一元論〉であった。 日本の体罰容認論は単に伝統的なものではなく、平成時代に入ってからの高校や大学受験におけるスポーツ推薦入試枠の拡大の影響でむしろ強化されてきた。しかし、グローバル化の深化などによって、社会で求められる人材像に変化が見られる今、日本のスポーツ界も体罰を許容しない育成制度を模索し始めている。
著者
谷口 雅子
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.75-86,152, 2003-03-21 (Released:2011-05-30)
参考文献数
39

本研究は、スポーツが移入された明治・大正期に注目し、規範の生成という観点からみた、スポーツの場におけるジェンダーの生産・再生産の過程を明らかにすることを目的とする。その際に、これまでのセックス/ジェンダーという二元論的思考ではなく、男あるいは女というカテゴリーの生成自体を歴史的・政治的出来事として捉え、むしろそれが起きた状況やその効果を分析の対象とする。そして、そもそも男と女という区別は、妥当/非妥当という形で他者から教育されたものと考える。妥当/非妥当の形式による区別の操作という意味での規範の生成過程については、身体どうしのコミュニケーションから超越性が生じ社会的な意味や規範が定まっていくというプロセスに関する大澤理論に依拠している。分析の結果、スポーツの逸脱性を抑制する上で男女を差異化する必要性が増した時、それぞれの行為を限定する言説が形成され、ジェンダーが生産されていった過程が明らかになった。また、スポーツを教育的に行うことは、他者との直接的コミュニケーションから生じる志向性の連鎖から、行為の妥当性を一致させることが容易になり、ジェンダーが再生産されていく非常に有効な場となり得ることが明らかになった。
著者
小笠原 博毅
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.35-50, 2016-03-25 (Released:2017-03-24)

イギリスのカルチュラル・スタディーズはどのようにサッカーというポピュラー文化に着目し、それを真剣に研究の対象やテーマにしていったのか。サッカーのカルチュラル・スタディーズがイギリスで出現してくる背景や文脈はどのようなものだったか。そして、現在のカルチュラル・スタディーズはどのようなモードでサッカーを批判的に理解しようとしているのか。本論はこのような問いに答えていきながら、過去50年に近いサッカーの現代史とカルチュラル・スタディーズの関係を系譜的に振り返り、その概観を示すことで、これからサッカーのカルチュラル・スタディーズに取り組もうとする人たちにとって、サッカーとカルチュラル・スタディーズとの基礎的な相関図を提供する。 その余暇としての歴史はさておき、現代サッカーの社会学的研究は、サッカーのプレーそのものではなくサッカーに関わる群衆の社会学として、「逸脱」と「モラル・パニック」をテーマに始まった。 地域に密着した男性労働者階級の文化として再発見されたサッカーは、同時に「フーリガン」言説に顕著なように犯罪学的な視座にさらされてもいた。しかし80年代に入ると、ファンダムへの着目とともにサッカーを表現文化として捉える若い研究者が目立ち始める。それはサッカーが現代的な意味でグローバル化していく過程と同時進行であり、日本のサッカーやJ リーグの創設もその文脈の内部で捉えられなければならない。 それは世界のサッカーの負の「常識」であり、カルチュラル・スタディーズの大きなテーマの一つでもある人種差別とも無縁ではないということである。サッカーという、するものも見るものも魅了し、ポピュラー文化的快楽の豊富な源泉であるこのジャンルは、同時に不愉快で不都合な出来事で満ちている。常に変容過程にあるサッカーを、その都度新たな語彙を紡ぎながら語るチャンネルを模索し続けることが、サッカーのカルチュラル・スタディーズに求められている。
著者
柏原 全孝
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.51-62, 1996-03-19 (Released:2011-05-30)
参考文献数
11

プロレスはなぜスポーツではないのか。現実にプロレスはスポーツとしての扱いをされることはほとんどない。外見上はいかにもスポーツであり,「プロスポーツ」上として認知されるのにふさわしい人気規模をもっているにもかかわらず, プロレスはスポーツではない。この問題に, プロレスの内的特性から引き出された解答を与えることは簡単ではある。「プロレスは八百長だ」と言い切ってしまえばスポーツとして扱われない解答を得られたかのように錯覚できるからである。しかし, それではプロレスを真に論じたことにはならない。プロレスを「演技」という側面で捉えたところで, 現実にはプロレスが「芸能」として扱われたりしないからだ。すなわち, プロレスがスポーツでも芸能でもない根拠を見いだせない限り, プロレスを論じたことにはならない。そこで, プロレスを外的に, すなわちスポーツの側から位置づける論理を検討する。近代スポーツ成立のメルクマールをルールの明文化という点において捉えることで, 我々は近代スポーツの特有の困難を発見する。それは, 客観的でなければならないはずのルールが, その正反対の性格, 恣意性と偶然性を生まれながらもっていることである。この外傷的要素を抑圧することでルールは権威とともに現れることができる。ところが, 抑圧された恣意性と偶然性はルールを適用する場面において, レフリーの判断, 振る舞いを通じて再び現れる。プロレスにおいても, レフリーの判断, 振る舞いを通じて恣意性と偶然性が現れる。その意味でプロレスは完全にスポーツと同一である。しかし, プロレスはレフリーが過剰に恣意的に振る舞うことで, スポーツにおいて嫌悪される恣意性と偶然性の出現を露骨に暴露する。つまり, プロレスはスポーツに特有の汚点を公然と見せつけるがゆえにスポーツから排除されるのである。そして, プロレスはこの過剰なまでのスポーツ的性格ゆえに, 芸能とも見なされないのである。
著者
山口 理恵子
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.18, no.2, pp.39-52, 2010-09-30 (Released:2016-10-05)
参考文献数
22

「ジェンダー論的まなざしと身体のゆらぎ」を主題とする特集の一論考に位置づけられる本稿は、まず、スポーツ・ジェンダー研究がこれまで「まなざし」を直接的にどのよう論じてきたのかを明らかにするため、スポーツのメディア表象を対象とした先行研究を手がかりとする。スポーツ・ジェンダー研究のメディア批評は、これまでメディアの送り手を「男の眼差し」と措定し、女性アスリートの女性性を強調するメディアのジェンダー・バイアスを批判してきた。この「男の眼差し」は、「見る男性」と「見られる女性」という非対称な関係図式に基づくものであるが、インターネットの普及やスポーツ・マーケティングの席巻などにより、「男の眼差し」を論拠とする視座では捉えきれない現象――消費し「見る」女性、「見られる」男性――が広がっている。多様な現象を捉えず、スポーツ・ジェンダー研究が「男の眼差し」を採用するならば、それは皮肉にも、男女の非対称な二元化を批判してきたスポーツ・ジェンダー研究が、その二元化に固執しているという「まなざし」を詳らかにしてしまう。 今日のスポーツ界は、多様化し、錯綜し、階層化している。それを顕著に例証しているのが、セクシュアル・マイノリティの位置づけである。一部のセクシュアル・マイノリティは、厳密な条件の下にオリンピックへの出場が許可されるようになった。しかしそれは、セクシュアル・マイノリティを包摂する規定のようでありながら、物質的な身体の改変・加工を強要するものであった。またそれは、政治的、文化的、経済的な力によって左右され、セクシュアル・マイノリティの階層化を招く可能性がある。ジェンダーとそれ以外の因子とが複雑に絡まり合ったスポーツ界を批評するために、ジェンダー論的「まなざし」の重要性と精緻化がこれまで以上に求められている。
著者
リー トンプソン
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.21-36, 2008-03-20 (Released:2011-05-30)
参考文献数
13

本稿の目的は、日本のスポーツメディアにおける「日本人種」言説を浮き彫りにすることである。2007年に、黒人選手の身体能力に対するステレオタイプを有害な神話として批判するホバマンの翻訳本が出た (Hoberman, 1997)。この本は、人種は生物学的なカテゴリーなのか社会的なカテゴリーなのかという、欧米における人種論争を起点としている。人種に関してホールは「言説的な立場」をとる。人種とは、人類の無限の多様性を整理するための言説上の概念である、という。深刻な人種問題を歴史的な背景に、欧米の人種論争は主に黒人を中心として展開されている。日本において人種が話題になる場合も、その欧米の論争を反映して黒人問題が中心になることは多い。そのため、日本において主流といえる人種言説は見逃されやすい。日本における主流の人種言説とは、外国人と区別した「日本人種」を想定する言説である。本稿では、ホールの「言説的な立場」から人種をとらえる。本稿の目的は、いくつかの事例を分析することによって日本のメディア、特にスポーツメディアにおける一つの主流の人種言説である「日本人種」言説を浮き彫りにすることである。書籍、広告、そしてテレビ中継、多様なメディアからの事例を取り上げる。テクストに登場するスポーツ種目は欧米発祥の陸上競技と日本古来の大相撲である。テクストの分析を通して、「外国人」を対照として日本人には共通した「身体特性」があるという人種的な考えを浮き彫りにする。そしてその人種が及ぶ範囲やそれが持つ意味などは、テクスト間、あるいは同じテクストのなかにも一定していないことを指摘する。
著者
西原 茂樹
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.69-84, 2013-09-30 (Released:2016-08-04)
参考文献数
12

本稿の目的は、明治末期から昭和初期にかけての甲子園野球関連言説を読み解き、当時において「甲子園野球」という独特の対象が構築されていく有様を明らかにすることである。 「純真」は1920~30年代の甲子園野球関連言説において頻繁に使用された用語である。これは当初は主催者である新聞社により、選手や関係者が努めて遵守すべき「標語」として位置づけられており、必ずしも甲子園野球のあり方そのものを表現するものではなかった。しかし1920年代半ば以降、様々な論者が最高峰たる東京六大学野球と対比しつつ甲子園野球を言説化していく中で、「純真」は六大学野球とは一味違うこのイベントの魅力を表現し得る用語として捉え直され、その結果、それを核として定型化された一連の「物語」が構築されることとなった。 そこから窺えるのは、存続の危機に晒された明治末期の野球界が生き残りをかけて確立させた「規範」としての「青年らしさ」が、草創期の甲子園大会の運営においても重要な前提となっていたこと、そして昭和初期に商業化の一途を辿る六大学野球への批判が拡大する中で、「青年らしさ」を正しく体現し得る「他者」として甲子園野球を捉える見方が定着し始めたことである。
著者
東元 春夫
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.95-101, 1994

この研究はスポーツの社会における「言いわけ」を分析することにより、その社会における「正当な」社会ルールの本質をさぐろうとする試みである。通常「言いわけ」は失態のとりつくろいなど事後的に行われる副次的自己防衛行為であるが、逆に最初に社会的に蓄積された「言いわけの在庫」があり、それに触発されて行為が行われることも多い。ここでは1991年の新聞紙面に現れたプロ野球の契約更改交渉事例を対象に分析を行った。中日・落合選手による「夢」や「子供たちの野球離れ」「世間を騒がせたくない」という発言および調停委員会の (持込み続出)「懸念表明」には日本のプロ野球界の旧態依然とした体質が見られアメリカとの文化的相違が対照的である。スポーツの集団および下位集団には「言いわけ」の在庫が存在し、それらはその集団の成員によって学習され共有されるとすれば、スポーツ独自の、あるいはそのスポーツが行われる社会独自のボキャブラリーが存在するものと推察される。
著者
牧野 智和
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.21-37, 2017-09-30 (Released:2018-10-15)
参考文献数
37

近年の「身体」をめぐるベストセラーに注目すると、以前からみられるダイエット関連の書籍に加え、開脚、体幹、ふくらはぎといった特定の身体部位に注目し、それらへの働きかけによって人生の諸問題が一点突破的に解決するとする書籍をいくつかみることができる。このような身体をめぐる想像力はいかにして生まれたのだろうか。また、これらのうち体幹に関する書籍は、サッカー選手の長友佑都がトレーニングと自己啓発を地続きのものとして語るものだったが、このような身体をめぐる想像力は彼もしくは制作者の独創性によるものと単純に捉えるべきだろうか。本稿ではこのような身体をめぐる想像力に関する疑問を追究していく。 まず特定の身体部位への注目については、女性向けライフスタイル誌『an・an』を分析対象として、その身体観の変遷を追跡した。具体的には、身体に関する「モノ」の消費、美の「心理化」が目指された1980・1990 年代を経て、2000 年代中頃から身体的「不調」の解消、体内の浄化が同誌の主たる関心になり、それが2010 年代に特定の身体部位の調整を通して心身の悩みを解消しようとする特集が陸続と展開することになる。これらから、近年のベストセラーは、大衆的な身体をめぐる想像力の系譜上に位置づけうることになる。 次に、スポーツ関係者による自著を素材に検討を行った結果、やはりこれも長友らの独創性というよりは、戦後以来の系譜をたどることのできる、スポーツへの考え方とビジネス一般についての考え方を節合する言説の展開のうちにその想像力を位置づけうると考えられた。身体をめぐるこうした想像力の志向はともに、自らの身体を自らケアし、調整していくことを促すとする、現代的な自己統治の議論に収めることができる。だがおそらく重要なのは、包括的な統治論よりも描写をダウンサイジングさせたところでの、統治技法の具体的な展開や分散をより精緻に分析していくことだろう。
著者
ドネリー ピーター キッド ブルース トンプソン リー
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.15-24,118, 2006-03-20 (Released:2011-05-30)
参考文献数
6
被引用文献数
1 1

本論文で、われわれは国際オリンピック委員会 (IOC) が主張するスポーツに対する道徳的権限を考察し、それがスポーツに明白で建設的な影響を与えた領域を特定する。また、われわれは1999年を改革の重要な時期とみなし、それ以来の進歩的な改革の勢いに則って、スポーツが直面する重要な問題に取り組むことによってIOCはその道徳的権限をより確かなものにすべきである、と提案する。その重要な問題とは、IOCの運営に関する内部の問題と、スポーツとオリンピック大会に関する外部の問題に分けられる。提案される内部の改革は、IOCの民主的組織 (特に委員資格や地域の代表制や説明責任に関するもの)、IOC会員の男女公平、オリンピック・ソリダリティの試み、そして国内オリンピック委員会の責任に関するものである。提案される外部改革は、スポーツ界における児童の公正な扱い、スポーツ・ユニフォームや用具の製造過程における公正な労働慣行の導入、選手の健康と安全への一層の関心、そしてオリンピック大会の開催地への影響と公平さについての独立した評価の導入、に関するものである。
著者
清水 泰生 岡村 正史 梅津 顕一郎 松田 恵示
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.25-45,119, 2006

本稿は、平成15、16年度の2年間にわたり、本学会において設置された「スポーツとことば」に関するプロジェクト研究報告である。最初にテレビのスポーツ実況中継の特長について整理をした。そして、札幌オリンピックと長野オリンピックの純ジャンプ競技の中継を文字おこししたものを基に両者に違いがあるかどうかを調べた。札幌は文の形 (主語+述語) がしっかりしているのに対して長野は述語の反復の表現が目立つなどの違いが見られた。このことを踏まえて考えると1972年から1998年の間に実況中継に変化があったと考えられる。次に、この変化を説明するために、プロレスと「古舘伊知郎」という問題に着目してみた。プロレスはスポーツにとって周縁的な存在である。近代スポーツが真剣勝負を追求することによって抜け落ちた要素を体現したからだ。古舘伊知郎は1980年代初頭にプロレスの虚実皮膜性を過剰な言葉で表現し、それ自身虚実皮膜的な「古舘節」を創った。プロレス実況を辞めた後の彼は主として芸能畑をフィールドとしたが、舞台でのトークショーの試みの中で新境地を開き、今ニュースキャスターとして、「古舘節」を抑える日々を送っている。そして最後に、我々は1980年代における新日本プロレスブームと古舘節の、ポストモダン的文脈について考察した。周知のようにプロレスは80年代に再びテレビ文化の主役に踊り出たが、それはかつての力道山時代ような大衆文化としてではなく、若者を中心としたサブカルチャーとしてであった。そして、1980年代における状況は、その後のポストモダン状況に比べればほんの入り口に過ぎず、東浩紀も指摘するように、日本の若者文化は1996年以降、ポストモダンの新たなる段階へと突入する。そうした中80年代型スノッブ文化の申し子とも言うべきプロレスは埋没し、古舘節だけがプロレスという本来の文脈を離れ、スポーツ観戦のサブカルチャーにおける、ある種の「萌え要素」として機能することとなったのである。
著者
有元 健
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.45-60, 2015

本論は、2020年東京オリンピック・パラリンピック開催を契機として新自由主義的な国策と都市形成が結びつきヘゲモニーを構築するあり方を、東京大会招致から決定後の諸言説・表象を素材として分析し批判するものである。本論はまず、「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ。」という招致スローガン及びポスターを記号論的に分析する。そこでは領土的な意味合いを視覚的に連想させる「日本」ではなく音声化された「ニッポン」という記号が用いられることによって情緒的なナショナリズムが喚起されると同時に、東京という個別的な都市が「ニッポン」に置き換えられることによって、個別の利益が全体の利益を代表=表象するというヘゲモニー構造が自然化される。本論は次に、東京大会開催決定後のエコノミストや都市政策専門家の新自由主義的言説の中で2020年東京大会がグローバル・シティとしての東京の都市開発戦略にどのように奪用されているかを分析する。そこではオリンピック開催を契機とした都市開発をめぐるユーフォリアがたきつけられながら、アベノミクスの経済政策と東京一極集中化が肯定されていく。だがそうした都市開発や経済政策の受益者は階級的に選択されたものとなる。本論は最後に、そこで語られるオリンピック・パラリンピック開催の「夢の力」が、現実にはどのような結果を導きうるのかを2012年ロンドン大会の事例を参照しながら批判的に捉えていく。レガシー公約とは反対に、ロンドン大会が生み出した都市のジェントリフィケーションは貧困層を圧迫し、またスポーツ普及は全体として進まず、参加者の階級的格差が広がっている。「夢の力」を当然のように期待し、それが良きものだと前提することは、オリンピック・パラリンピックというスポーツ文化を奪用しようとする限られた一部の特権的な受益者を批判する視点を失うことになる。
著者
栗山 靖弘
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
pp.25-02, (Released:2017-01-31)
参考文献数
21

高校時代の運動部活動の実績が評価されて大学に進学する人びとがいることを、我々は経験的にも認知しており、スポーツ推薦によって大学に進学するという現象は、特に珍しいものではない。 しかし、スポーツ推薦による進学先がどのように決定されるのかというメカニズムに関しては、実証的に明らかにされていない部分が多い。 そこで本稿では、大学入試におけるスポーツ推薦を進路決定の仕組みのひとつと捉え、当該試験を利用した進路形成の特徴を明らかにした。具体的には、ある私立の強豪校野球部を事例とした、スポーツ推薦を利用した進学先決定のメカニズムの解明である。強豪校運動部のスポーツ推薦による大学進学は、高校と大学の指導者間の関係によって規定されており、いわば、指導者の人脈を経由した進学先の決定が行われている。このことを、野球部員と指導者へのインタビュー調査と、部員の進路先が把握可能な個票という、経験的なデータを用いて示した。 はじめに、全国の私立大学におけるスポーツ推薦入試の実施状況を、マクロ・データによって概観し、続いて事例研究から、進学先決定のメカニズムを描き出すという順序をとった。 これらの作業を通じて、強豪校運動部員の進路形成が、部活を通じて行われていることを明らかにした。そして、最後に、部活を通じた進路形成が重視される理由として、その進路形成機能自体が強豪校の存立基盤であることを示した。先行研究では、一般的な学校の運動部活動を成り立たせるのは「子どもの自主性」であるとされてきたが、強豪校を成立させる基盤については明らかにされていなかった。本稿の知見により、強豪校を成り立たせているのは、部活を通じた進路形成機能であることを主張した。
著者
石井 昌幸
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.31-50, 2013-09-30 (Released:2016-08-01)
参考文献数
10

「スポーツマンシップ」という言葉は、ながいあいだスポーツの社会的・教育的価値を示す際に重要な意味を持ってきた。この言葉の近代的語義の成立について従来の研究は、パブリックスクールにおける競技スポーツ熱の高揚により、それまで「狩猟の技量」のような意味であったスポーツマンシップに「競技の倫理」という意味内容が加わり、それが競技の普及とともに一般化したと理解してきた。本研究は、19世紀の新聞・雑誌を大量に収録したデータベースを使用して、スポーツマンシップの語の使用頻度と意味内容を分析することで、そのような従来の理解を再検討したものである。 その結果、次のようなことが分かった。この言葉は、1870年代半ば頃から競技スポーツに関して使用される例がいくつか見られるものの、80年代なかばまで依然として狩猟や銃猟に関するものが大多数であり、その意味はなお多様であった。すなわち、19世紀を通じて「スポーツマンであること」を漠然と指す用語であり、それがもちいられる文脈のなかで、「技量・能力」、「資格・身分」、「倫理・規範」などを意味する多義的で曖昧な言葉のままであり続けた。 倫理的ニュアンスがコンスタントに見られるようになるのは1880年代半ばからであるが、その際にそれは、スポーツマンシップの「欠如」を批判する文脈のなかで多く見られた。欠如を指摘されたのは、大部分が労働者階級や外国人・植民地人であった。同じ時代に、スポーツはこれらの人びとにも急速に普及し、ジェントルマン=アマチュアは、彼らに勝てなくなってきていた。労働者階級が参政権を獲得しようとしていたこの時代、ステーツマン(為政者)であることだけでなく、スポーツマンであることも、もはやジェントルマンの特権ではなくなろうとしていた。スポーツマンシップの語義変化は、そのような社会変化を反映したものだったと考えられる。
著者
ケリー W.W. 宮原 かおる 杉本 厚夫
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.1-12,146, 2003-03-21 (Released:2011-05-30)
参考文献数
16
被引用文献数
2

この論文は、近代スポーツに潜む深遠なアイロニーについて論じる。それは、スポーツ場面において、われわれの多くがしばしば経験する勝利ではなく負けについて、あるいは成功を味わうことではなく、敗北に直面することについてである。勝利の満足ではなく敗北の失望は、プレーヤーにも観客にも共通している。本論では負けることに関して大まかに3つのタイプに分ける。ひとつは絶えず必要に産み出される敗者のような「日常的な敗北」、そして、解雇、放出、辞職といったような完全な失敗としての「致命的敗北」、さらに前二者の中間にあって、負けを繰り返す「反復的敗北」である。反復的敗北は受け入れることと説明することが最も難しい敗北である。地域の絶大なる人気を誇るが負けてばっかりの大阪プロ野球チーム、阪神タイガースを事例として、プレーヤーとファンが如何にして反復的な敗北を捉え、調整して、そして受け入れるのかを、いくつかの要因によって分析する。これらの要因には、多くのスポーツに共通の要因、スポーツとしての野球に特有な要素、日本の野球に特有な要因と阪神タイガースに特有の言いわけを含む。著者は苦々しい敗北という結果にもかかわらず、人々はプレーし続け、また見続けるという文化的に屈曲させられた言いわけと構造的なパターンのセットを識別しなくてはならないと考える。そして、さまざまな場面で「敗北の論理」は単一の要因によって説明されるものではなく、複合的なモデルによって説明されるものなのである。
著者
清水 諭
出版者
日本スポーツ社会学会
雑誌
スポーツ社会学研究 (ISSN:09192751)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.24-35,131, 2001-03-21 (Released:2011-05-30)
参考文献数
28
被引用文献数
2

本論文の目的は、この国のサポーターカルチャーズ研究に向けてのパースペクティヴを導き出すことである。まず、英国で行われてきたフーリガニズム研究について、レスター学派、テイラーの研究を批判的にレヴユーしている。そして、1990年代におけるフーリガンの変容をふまえたポピュラーカルチャーズ研究として、ジュリアノッティとレッドヘッドの研究を検討している。本論文では、これらの研究を基盤にしながらも、この国におけるサポーターの現実との往復運動によって研究を進めていくことが重要だと考える。浦和レッズサポーターへのフィールドワークによれば、表象とその記憶に加えて、「男らしさ」、「浦和の場所性」、そして「抵抗の契機」といった要素がそれぞれの歴史的堆積をふまえながら複雑に絡み合って、重層決定されていることがわかる。サポーターのさまざまなポピュラーカルチャーズの要素をふまえながら、その日常で瞬間瞬間にさまざまな要素が紡ぎ合わさって構成される現実を読み解くことが必要である。