- 著者
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本間 りえ
- 出版者
- 日本重症心身障害学会
- 雑誌
- 日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
- 巻号頁・発行日
- vol.40, no.2, pp.198, 2015
私の息子は特に障害もなく生まれすくすくと成長していました。しかし、6歳になるころから「何か変だ」と思うことがありその頻度はしだいに多くなってきました。いろいろ病院をめぐり最終的に副腎白質ジストロフィー(ALD)いう希少難病であることが知らされました。そのときを境に、息子の宇宙飛行士になりたいという夢は断たれました。また、私も、それまでの人生設計とは異なる別の人生を歩むことになりました。 ALDの唯一の治療法は造血幹細胞移植です。しかし、発症早期に移植を行わないかぎり、その効果は限定的です。息子は、症状がかなり進んでから診断されたこともあり、造血幹細胞移植のお蔭でいのちは取り留めましたが、いまは寝たきりです。息子がALDと診断され、造血幹細胞移植というつらい治療を受け闘病生活を送っているときは、本当につらい日々でした。しかし、日々つらい治療に耐え「いのち」を一生懸命に生きている息子の姿を見たとき、息子が私のもとに生まれてきてくれたことに対する感謝の気持ちがわいてきました。 患者会を作ろうと決意したのは、同じ疾患の宣告を受けた家族を知りお互いに助け合う関係を築きたいという気持ちからでした。この患者家族の絆は、いまでは日本全国だけでなく海を越え世界にまで及んでいます。ALDは、発症前あるいは発症早期に治療することにより、患者の生活の質が大きくかわる疾患です。患者会では、早期発見のために、この疾患の存在を医師だけでなく一般の人にも知ってもらいたいという思いで疾患啓発にも力を入れています。 息子の介護と患者会の活動との両立は決して容易なものではありません。しかし、患者会の仲間や家族、そして何より病を持ちながら輝く命を送っている息子の支えがあり、私は毎日充実した日々を送っています。 そうです。患者とその家族には力があるのです。略歴1984年結婚後、長男・長女に恵まれ、ごく普通の専業主婦としての生活を送る。1995年長男のALD発症を機に、初めての介護生活を経験。2000年1月 「ロレンツォのオイル」の連絡網を元に、ALD患者の家族会「ALD親の会」を発足。会長就任。2006年全国から5家族が集い、顧問医を囲んだ第1回交流会を開催。2007年8月 東京慈恵会医科大学にて、「ALD親の会」主催第1回勉強会を開催。以降、毎年、全国(東京、大阪、名古屋、岐阜、鹿児島、北海道)で定期勉強会や、映画 <ロレンツォのオイル~命の詩~>上映会を開催。2010年8月 「ALD親の会」創設10周年記念勉強会を開催。2010年11月 雑誌STORY(光文社)11月号連載<私の服にはストーリーがある>にて、特集記事6ページ掲載。2010年12月 BS日テレ<よい国のニュース>にて密着特集放映。2012年4月 「ALD親の会」を母体として、「特定非営利活動法人ALDの未来を考える会(A-Future)」を設立。理事長就任。以降、全国の医療施設、大学医学部、セミナー等で、ALD啓発・介護意識向上・医療従事者育成のための講演多数。