- 著者
-
山田 不二子
- 出版者
- 日本重症心身障害学会
- 雑誌
- 日本重症心身障害学会誌 (ISSN:13431439)
- 巻号頁・発行日
- vol.40, no.2, pp.206, 2015
特定非営利活動法人子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク(CMPN)は、平成27(2015)年2月7日に『子どもの権利擁護センターかながわ(Children's Advocacy Center Kanagawa:CACかながわ)』を開設し、虐待・ネグレクト等の人権侵害を受けたり、DV・犯罪等の目撃をした子どもたちを毎週水曜日の午後に受け入れて、『司法面接』と『系統的全身診察』を提供している。『CACかながわ』を開設する前も、児童相談所や警察・検察等の依頼先に出張して行って出前型で『司法面接』をしたり、演者が所属する『医療法人社団三彦会 山田内科胃腸科クリニック』に児童相談所や警察・検察がお子さんを連れてきてくれて『系統的全身診察』を実施したりしていた。 そのような中、常々感じてきたことは、「虐待・ネグレクトの被害を受ける子どもたちの多くが障害を持つ子どもたちである」という事実である。 では、なぜ、障害を持つお子さんは虐待・ネグレクトを受けやすいのであろうか? 「障害があるために手がかかる(養育者の負担)」「言うことを聞かない・理解してくれない(しつけや指導の難しさ)」「ほかの子どもにできることができない(「子どもが怠け者・わがままなせい」と養育者に誤解されやすい)」といった理由で、養育者が不適切な対応を誘発されやすいというメカニズムがある。 しかし、それだけではない。大人が障害児の脆弱性につけ込むというメカニズムが働くこともある。「加害者に抵抗できない」「加害者に刃向かわない」「自分が受けた被害を訴えない」「被害を訴えても、子どもの証言をほかの人に信じてもらえない」。このような障害児の特性に乗じて、加害者の『支配欲』を満たすために、もしくは、加害者の『欲求のはけ口』として、子どもたちは虐待される。 注意欠陥多動性障害(AD/HD)を持つある中学生が実母のボーイフレンドに暴力を受けて全身に多発挫傷を負わされた。中学校教諭に連れられて演者が勤める医療機関を受診したその子に「あなたのことを、子どもを守るお仕事をしている児童相談所の人にお話ししないといけないの」と伝えたら、「お父さん(母のボーイフレンド)は僕をいい子にしようとして叱っただけなんだ。僕さえ、お父さんの言うとおりにちゃんと頑張れば、お父さんは怒らないし、お母さんも弟も妹も楽しく暮らせるんだ。僕、頑張るから、児童相談所に言わないで」と懇願された。しかし、「どんな理由があれ、大人が子どもを傷つける言い訳にはならない」ことと「私にはあなたの安全を守るために行動を取る義務がある」ことを伝えて、児童相談所に通告し、一時保護してもらった。本児が希望する通りに母やきょうだいの元に帰ることはできなかったが、本児の障害をよく理解してくれる母方祖父に引き取られ、今は、調理師を目指して頑張っている。 障害児の生活の場は家庭にかぎらない。したがって、加害者は保護者にかぎらない。施設内虐待も多いのである。児童福祉法が改正されて、平成21(2009)年4月より、『施設職員等による被措置児童等虐待』の届出・通告に基づき、都道府県市等が調査・公表することが法定化された。 施設内虐待があってはならないということに異を唱えるものはいないであろう。にもかかわらず、施設内虐待が後を絶たないのはなぜなのか? 人間の心の奥に潜む狂気のなせるわざと片付けてしまってよいのだろうか? それとも、誰もが加害者になり得る致し方のないものなのであろうか? 加害者心理を解き明かすことは容易ではないが、自分よりも弱い者をいじめたり、虐げたり、危害を加えたりして、優越感に浸りたいという欲求は誰の心にも潜む。誰もが虐待という誘惑にさらされていることを自覚する必要がある。略歴1986年、東京医科歯科大学医学部卒。医学博士。1990年、夫とともに山田内科胃腸科クリニックを開業し、副院長に就任。1998年、子ども虐待ネグレクト防止ネットワーク(CMPN)を設立し、事務局長に就任。2001年、CMPNの法人化に伴い、理事長に就任。他に、特定非営利活動法人かながわ子ども虐待ネグレクト専門家協会(KaPSANC)副理事長。特定非営利活動法人日本子どもの虐待防止民間ネットワーク(JCAPCNet)常務理事。日本子ども虐待防止学会(JaSPCAN)理事。日本子ども虐待医学会(JaMSCAN)理事兼事務局長。主要著書:「よくわかる健康心理学」(ミネルヴァ書房,2012年,分担執筆)、「子ども虐待への挑戦 医療、福祉、心理、司法の連携を目指して」(誠信書房,2013年,分担執筆)、「プラクティカルガイド 子どもの性虐待に関する医学的評価 原著第3版」(診断と治療社,2013年,分担監訳)