- 著者
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森田 貴己
- 出版者
- 水産総合研究センター
- 雑誌
- 水産総合研究センター研究報告 (ISSN:13469894)
- 巻号頁・発行日
- no.13, pp.35-77, 2004-12
ある種の深海魚は水圧が600気圧にも及ぶ深海に生息している。その高水圧適応機構については古くから関心が持たれてきたが、タンパク質構造と高水圧下での機能との関係を明らかにした報告はこれまでにない。本研究では、深海性ソコダラ類のヨロイダラCoryphaenoides armatusおよびシンカイヨロイダラC. yaquinaeの骨格筋α-アクチンを対象に高水圧適応機構を分子レベルで解明した。本論文の構成は次の通りである。第1章では、ホカケダラ属(Coryphaenoides)の分子系統樹の作成を行った。ホカケダラ属のソコダラ類は、浅海から深海と幅広い水深に生息する同属種が存在することから、深海魚の特性を探る様々な研究に用いられている。比較生化学研究を行う対象魚を選択することを目的として、ミトコンドリア12S rRNAおよびcytochrome oxidase subunit I(COI)遺伝子の部分配列を決定し、本属の分子系統樹を作成した。本系統樹から深海性および浅海性ソコダラ類がホカケダラ属の進化の初期の段階で分岐したことが示された。得られた系統樹を参考に、深海性ソコダラ類であるヨロイダラおよびシンカイヨロイダラの比較対象魚として、浅海性ソコダラ類からイバラヒゲおよびカラフトソコダラを選択した。第2章では、深海性ソコダラ類α-アクチンの高水圧下での性状変化を検討した。深海性ソコダラ類2種、浅海性のソコダラ類イバラヒゲ、淡水魚のコイおよび陸上動物のニワトリの骨格筋からα-アクチンを精製し、高水圧下で重合に要する時間、臨界濃度及び重合に伴う体積増加量を調べた。いずれの分析においても深海性ソコダラ類のα-アクチンは、大気圧下とほぼ変わらぬ性状を示した。第3章では、深海性ソコダラ類α-アクチンのcDNAクローニング及び高水圧適応に必須のアミノ酸の同定を行った。深海性ソコダラ類と浅海性ソコダラ類の骨格筋からα-アクチンのcDNAクローニングを行った結果、それぞれ2タイプずつのα-アクチンcDNAが単離された。ノザンブロット解析、定量RT-PCR法及び2次元電気泳動法から、これらα-アクチンmRNA及びタンパク質のいずれも骨格筋中に存在していること、その存在量は高水圧に適応しているタイプがいずれの形態でも多く存在していることが示された。演繹アミノ酸配列において、深海性ソコダラ類に特異的なアクチンのタイプは、浅海性ソコダラ類に特異的なタイプと比べてQ137K、A155SおよびV54AまたはL67Pの計3カ所にアミノ酸置換を示した。幾つかの生化学的実験から、Q137KおよびA155Sの両置換はα-アクチン分子内にCa2+とATPが高圧によって押し込まれるのを防ぎ、深海性ソコダラ類に高水圧適応を付与していることが示唆された。さらにdeoxyribonuclease I(DNase I)とアクチンの結合実験から、深海性ソコダラ類のα-アクチンが高水圧下で重合するためには、V54AまたはL67Pの置換が重要であることが推測された。第4章では、高水圧適応と低水温適応との関連などを含む総合的考察を行った。