著者
齋藤 誠二
出版者
九州大学
巻号頁・発行日
2007

靴の安定性(距骨下関節の過剰な動きを抑制する機能)と衝撃緩衝性(着地時の衝撃を吸収する機能)は,円滑な動きの発揮と身体の保護のために重要な機能とされており,ミッドソールがそれらのはたらきを担っている.しかし,靴を使用すれば地面との摩擦を避けることはできず,結果としてソールの摩耗が引き起こされる.この現象は,安定性や衝撃緩衝性の機能を低下させ,身体の動きやはたらきを妨げていると考えられる.さらに,身体を保護する機能の低下によって,下肢の関節や筋肉などに障害・傷害が引き起こされると推察される.一方で,人々の身体の動きや機能は年齢によって異なり,引き起こされる摩耗の形状やそれに対する反応は異なってくるとも考えられる.そこで本研究は,摩耗によって引き起こされる靴の機能性の低下とそれに対する身体の反応を生体力学的および生理的側面から明らかにすることを目的とした. まず,歩容の異なる若年者と高齢者を対象に靴の摩耗計測と靴の使用実態,摩耗に対する意識調査を実施した.その結果,若年者が使用していた靴は,アウトソールの踵から外側にかけての摩耗と踵部分の摩耗の厚さの進行が顕著であり,高齢者では外側に偏った進行ではなく,広い範囲に摩耗が及ぶことが明らかになった.さらに,両者とも靴底の摩耗や靴の安定性と衝撃緩衝性に対する意識や関心は低かった.このことから,靴底の摩耗は歩容が反映されて引き起こされること,および靴の機能性低下は認識されにくいことが示唆された. 次に,摩耗の計測によって得られた結果をもとに摩耗した靴を作製し,その靴を若年者と高齢者が履いて歩行した際の下肢における衝撃,筋活動,関節角度および足圧中心軌跡を検討した.その結果,若年者では踵から外側にかけて78mm摩耗した靴において,立脚期中の距骨下関節の回外と下腿の外旋の増加とそれに伴う足圧中心軌跡の外側変位および前脛骨筋の筋放電量の増加が示された.しかし,着地時の衝撃加速度は摩耗による影響は認められなかった.これは,衝撃を緩衝する作用のある筋肉,脂肪,足部のアーチなどが靴の衝撃緩衝性の低下を補償したためだと考えられる.一方,高齢者が外側部分の摩耗が進行した靴を履いて歩行した場合には,摩耗の影響は認められなかった.これは、若年者と高齢者の歩容の違いが関与したためだと考えられる.数多くの先行研究において報告されているように,本実験においても高齢者の歩行では歩幅と歩調の減少に伴う歩行速度の低下と両足支持期の時間延長が確認された.この現象は筋力低下に伴った歩行の姿勢安定性の低下を補う動きとされている.つまり,靴の安定性の低下に対して高齢者は摩耗の影響を受けにくい歩容であったと考えられる.一方,高齢者が踵部分の摩耗の厚さが11mmであった靴を履いて歩行した場合には,着地時の距骨下関節における衝撃加速度が増加した.これは,高齢者では筋肉,脂肪,足部のアーチなどの生体における緩衝作用が加齢に伴って低下するため,靴の衝撃緩衝性の低下を補償することができず距骨下関節における衝撃が増加したと考えられる.これらのことから,靴底の摩耗によって安定性と衝撃緩衝性が低下し,特に外側部分の摩耗の長さが靴の安定性に影響し,踵部分の摩耗の厚さが衝撃緩衝性に影響することが示唆された。また,摩耗に伴う靴の機能性の低下に対して若年者と高齢者では反応が異なる。 最後に,摩耗した靴を履いて長時間歩行した際の下肢の動きと衝撃加速度の変化とそれに伴うエネルギーコストの変動を検討した.その結果,開始30分までは摩耗の影響は示されなかったが,ミッドソールが薄くなった靴では40分以降で衝撃加速度が増加することが認められた.このことから,靴の衝撃緩衝性の低下に対する生体の緩衝作用による補償が長時間続くと生体の緩衝作用は低下し,下肢の衝撃が増加することが示唆された.一方,靴の安定性の低下が引き起こした下肢の動きの増加によって歩行中のエネルギーコストは増加することが認められたが,60分間の歩行では下肢の動き,エネルギーコストともにそれ以上促進されることはなかった. 以上のことから,靴底の摩耗によって靴の衝撃緩衝性と安定性が低下することに加えて,摩耗の部位によって低下する機能性が異なることが明らかになった.さらに,靴の機能性の低下に対する反応は若年者と高齢者では異なり,歩容や生体機能に影響されることを示唆した.このような靴の機能性による影響は,快適な歩行を妨げるとともに下肢の傷害・障害の原因とされている.従って,靴底の摩耗を抑制する対策は重要であり,その対策には摩耗部位および対象年齢に配慮することが必要である.

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