- 著者
-
鎌谷 紀子
- 出版者
- 日本地球惑星科学連合
- 雑誌
- 日本地球惑星科学連合2019年大会
- 巻号頁・発行日
- 2019-03-14
1 はじめに日本では、北朝鮮付近を震源とする、自然地震ではない可能性がある地震波を気象庁が観測した場合は、気象庁は即座に首相官邸に連絡するとともに記者会見を開き、その事象のパラメーターを発表する。そして、過去に行われた北朝鮮の地下核実験や自然地震の波形と比較した資料を提示して、S波が不明瞭であるなどの地震波形の特徴を根拠として「自然地震ではない可能性がある」との説明を行う。これらの記者会見の資料は、気象庁ホームページで公開される。しかし、核実験の探知は気象庁の本来の業務ではないため、公に発表される解析結果はここまでである。また、CTBTO(包括的核実験禁止条約機構)のデータをもとに核実験を監視する機能を担うNDC1(国内データ・センター1)である気象協会は、核実験が行われた際には地震波形の解析を行うが、監視業務の委託元である日本国際問題研究所ホームページで公表されるのは、「爆発事象の特徴を有する波形であるので、この事象は核爆発を含む人工的な爆発事象である」といったシンプルな報告のみであることが多い。核実験の探知は日本の安全保障上重要な事柄であり、日本の研究者が核実験探知技術を研究することは重要である。今回は、これまでに日本語の文献で公表された、日本における地震波による核実験探知の研究についてレビューする。2 事象を記録していた時代現在入手できる最も古い文献は、久保寺・岡野(1960)であると考えられる。久保寺らは、1958年6月及び7月に米国がビキニ環礁で行った水爆の実験で、微気圧振動が到達するのと同じ時刻に、長周期地震計にも周期9分~1分程度の長周期の波動が記録されていたことを報告しており、それは、気圧変動によって地震計の振り子部分に浮力変化が生じたからであろうとしている。また、気象庁観測部(1972)は、1971年11月7日(日本時間)に米国によってアリューシャン列島アムチトカ島で行われた、TNT火薬約5メガトン級と言われる最大級の地下核実験による地震波形の記録を、ほぼ全国の観測点分掲載している。3 自然地震との識別に関する研究核実験を自然地震から識別するための研究は、主に松代地震観測所における地震波形を用いてなされている。山岸・他(1973)は、地下核実験のP波のスペクトルは短周期の波が卓越していることを述べた。また、大規模な地下核実験であれば、Msとmbを比較すれば識別は可能、と結論づけた。関・他(1980)は、地下核実験でも規模が大きくなるとS波や表面波が観測されることを指摘した。涌井・柿下(1986)は、MbとMSの比を使う識別方法は、大規模な地下核実験にしか適用できないことを指摘した。鎌谷(1998)は、複雑度、スペクトル比、周波数3次モーメントを使って、松代地震観測所の短周期上下動成分で観測された米国ネバダ州と中国シンチャンを震源とする地震波形を解析し、Mb5.3以上のイベントでは地下核実験の複雑度は全て1.00より小さいことを示し、自然地震からの識別には複雑度が最も有効であると述べた。岡本・神定(2007)は、2006年10月9日の北朝鮮による地下核実験について、松代の他、IRISの牡丹江と仁川の地震波形も解析し、PnやPgは自然地震のものと比較して高周波数に卓越していること、P波輻射は爆破震源に見られる等方輻射パターンであること等を示した。また、小山(2007)は、同じ実験について、松代の短周期地震計波形を使用して複雑度とスペクトル比を求め、複雑度よりもスペクトル比の方が識別しやすいとした。菊池(1997)は、1995年~1996年の中国とフランスによる核実験について、IRIS観測点の波形を用いてモーメントテンソルを求め、3つの主値の組み合わせが自然地震とは明らかに異なることや、核実験の震源としては中国は針状、フランスは円盤状のものが推定されることを示した。菊池は、震源の深さが数キロ未満で、かつ、Msとmbの差が大きい地震についてモーメントテンソルを求めることにより効率的に核実験の監視ができるであろうと述べた。これらの他、石川・他(1988)、森脇・石川(2007)、石川(2007)は、松代地震観測所における地下核実験の観測能力等について調査を行っている。また、吉澤(2008)は、IRISと防災科学技術研究所のF-netの地震波形を用いて各相の震幅や見かけ速度を求め、日本海の地震学的構造を論じた。4 今後に向けて日本における地震波による核実験探知の研究は、最近10年間はあまり進展していない。今後は、CTBTOとも連携しながら、核実験の識別技術について世界の研究成果を学ぶ努力が必要である。また、世界の地震波形を解析することにより、地下核実験の識別技術を高める研究を日本でも継続的に進めていくことが重要である。